今回の公開内容
没含めた雑多「タイトルも決めずに没になったもの」
稲光が空を走る暗い夜。大粒の雨が激しい風と共に地面へと激突する。
濁流が唸りを上げて海へと向かい、岸辺の地面を削っていく。折れた大木がみしみしと音を立てて、その流れを一部堰き止めた。
尖った小枝に白い布が引っかかった。今にも千切れそうな布地は泥に汚れていたが、艶やかな光沢を失っていなかった。
雷光が全てを白く照らした時、氾濫する川に流されていた少女の顔が映し出された。
霊峰ホルンの近く。春先でも深い雪が積もり、雪解け水が川の汚れを浄化する、晴れた日。
一人の少年が周辺の被害を確認していた。明るい茶髪が風に揺れ、緑色の瞳には木々が散乱する川辺を見つめていた。
白い毛皮の外套を肩にかけ、汗だくな様子で息を吐く。両腕で力強く引っ張っているのは、木製のソリ。その上には小さな老人と、大量の石が乗っていた。
「こりゃ、ファルコ。霊峰様からの贈り物を見逃すな。右の石じゃ」
「えっと……これか、じいちゃん?」
泥に汚れた石を拾い上げる。革の手袋越しに表面を擦ると、灰色の石にわずかな金の光沢。指先でつつけば、金色が虹色に変化した。
「霊石は宝石神ジャウハラ様が各地に埋めた力じゃ。感謝の念を込めて拾うんじゃよ」
白い髭を揺らし、小さな老人は短い動作を行う。
右手を額に、左手を胸に。ずんぐりむっくとした太い指と体を持ちながら、その動きは繊細だった。
老人は杖にも似た金鎚を支えに立ち上がる。老いを感じさせなきびきびとした歩行で少年へと近付く。
「霊峰様は聖霊神ユグドラシル様の一部じゃ。故に――」
「仲の悪いジャウハラ様の力を我らに託すのじゃ、だろ? じいちゃんの話は長いから、そこまでな」
「カルムは黙って聞いておったのに、お前ときたら……」
語り継ごうとする老人を無視し、霊石を拾ってはそりに乗せていく。ざっと三十個ほど。拳大もあれば、爪の先程の小さな物まで幅広い。
「俺はじいちゃんみたいなドワーフじゃないから、むしろ星神ターラーの方が良いんじゃないか?」
「お前さんに関しては知識神ケントニス様に何度か祈ろうかと思っておるんじゃが」
「なんでカルムと同じこと言ってんだよ!? 俺、そんなに馬鹿じゃ……ない、はず」
少しずつ語尾に覇気がなくなった少年は、村の小さな学校での成績を思い出す。下から一番。かけっことは正反対の順位だ。
落ち込んで顔を俯かせれば、胸元で揺れる羽根飾り。革の紐に虹色の霊石と白い羽根を括りつけた首飾りだ。
それを見ていると「まあ大丈夫」という気持ちになるのだ。改めて顔を上げた少年は、遠くの異変に気付く。
「なあ、じいちゃん。あそこ、木が倒れて川の流れが変になってる」
「お前は本当に五感が優秀じゃ。やはり儂の後継として採掘士をだな……」
「霊石が溜まってるかも!」
何百回も聞いた誘い話を無視し、少年は駆け出した。
川辺は小石だらけで、昨晩の雨のせいで濡れて滑りやすかった。しかし少年は慣れた足取りで進んでいく。
ふいに、足が止まる。
白い少女だった。着ている服も、肌も。透き通るように白く、淡い日差しを受けていた。
白金色の髪の毛が水に濡れて肌に張り付き、瞼は重く閉じられている。唇でさえ血色を失い、真っ白だった。
折れた大木に縋りついている少女の周囲には、霊石が溜まっていた。その全てが淡い虹色の輝きを水に溶かし、漂っている。
「じいちゃん、大変だ! 女の子が!」
我に返った少年は、背後でゆっくりと歩いてくる老人に声をかけた。
続いて少女の体を川から引き上げる。少女の体は水に濡れながらも、わずかな温かさを残していた。
着用していた白の外套を川辺に敷き、少女の体を横たえる。散乱していた木々の中から乾いている物を選び、集めていく。火を点ける段階になって、ようやく老人も少女に気付いた。
「驚いた……霊石に守られておったのか? 昨晩の嵐で川に落ちたとしても……はてさて」