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SS76

今回の公開内容

没含めた雑多「A*Aの続編として作って没にしたもの」


「これで五件目だ」

 日本の鹿島湾に作られた人工島。拡張都市ミソラの十二区画の路地裏にて。市警の本田警部は渋い顔をしていた。塵箱の陰に隠れるように倒れていた死体に向かって手を合わせ、改めて周囲を見る。
 路地裏を塞ぐように張られた黄色のテープの前に人々が集まっている。しかし彼らの格好は様々だ。いや、街の姿さえ現代日本と称するべきではない。中世をモデルにした石造りの街並みに服装。RPGゲームの世界とも言うべき姿だが、戦士の格好の青年がカメラ機能付きの携帯電話を片手に持っていて、彼は溜息をついた。
 彼もコートの内ポケットに入れていた携帯電話で時刻などを確認する。2030年の五月一日午後九時四十七分。四月から確認されている事件との関連性が濃いため、疲労が滲み続ける。そんな彼の目前に画面が表示される。空中に浮かぶ映像に慣れているため、驚くことはない。

「小河原警視……わざわざAR通信ですか?」
『そうだ。携帯電話では音が一般人に漏れる可能性があるからな』

 拡張(Augmented)現実(Reality)、略してARによる技術は大いに発展した。それを生活に根付かせる目的で作られたのが拡張都市である。街並みをわざと中世を想定しているのも、服屋にゲーム世界のようなデザインが売られているのも、このARを馴染ませるためだ。
 ピアス、ネックレス、腕時計、果てには携帯電話。常に身に着ける物からの無線通信を受け取ってコンタクトレンズに映像を投射し、骨伝導による通信を可能とした。近未来とまで言われた技術が目前にあるのだが、それが上司からの釘刺しに使われては辟易するというものだ。
 宙に浮かぶ警視からの映像や声も通信相手である本田警部にしか伝わっていない。警察の連絡網であるため簡単に不正介入(ハッキング)することはできないが、それでも不用心だと思わずにはいられない。だが急を要するなら仕方ないと無理矢理納得する。

『君からの報告にあったアプリケーションの予告は実行されたのだな?』
「予告じゃないです。これは未(・)来(・)視(・)ア(・)プ(・)リ(・)【ミライフォト】ですって」

 携帯電話に向かって声を出しつつ、彼は画面を操作して柔らかい四角のアイコンを指で触れる。それだけで画面が切り替わり、可愛い画面と共に拡張都市の地図が表示される。地図の要所には目印となるピンが刺さっており、そこを指で触れると一枚の写真が出てくる。
 彼は今死体が横たわっている裏路地に正確に突き刺さったピンをタッチする。そして出てくるのは今と全く同じ状況を一部写した静止画が表示される。塵箱の影から流れ出た大量の血。画面の端には05/01.21:43と表示されていた。
 このアプリケーションで地図上に今回の事件が起きた場所にピンが立ったのは一週間前。その時点でまるで未来の出来事を直接撮ったのではないかと思われる写真がアップロードされていた。警察では予告状という点から捜査しているが、本田警部は違うとも考えていた。

 現場は一時間前から立ち入り禁止にしており、警官達で周囲を見張らせていた。黄色のテープも張って侵入を防いでいた。さらに五分ごとに路地内部を確認して異変がないかも確認済み。野次馬として集まった若者達が携帯電話片手に未来視アプリについて騒いでいたが、怪しい者はいなかった。
 九時四十分に路地裏を確認しても猫一匹すら見当たらない状況だったにもかかわらず、上空から落ちてきた誰かが狙いすましたように塵箱の影に。地上を警戒していた警察としては空など意識の外であり、助ける術もなかった。
 忌々しいと本田警部が路地裏の壁を殴ったのが九時四十五分のことだ。壁に描かれた悪戯書きの虎にさえ笑われているようで、腹の奥が煮え滾る。救急車のサイレンが近づいてくる。中世の街並みには似合わない雰囲気だが、それも都市計画を立てた企業に文句を言うしかないだろう。

 落ちてきた者は体が潰れて男女の区別さえも難しい状態だ。誰が見ても即死だったが、死亡診断書と身元判明のため、一度病院に運ばなくてはいけない。車から出てきた救急隊員は酷い有様の死体を正視できずに口元を押さえた。現場写真を撮り終えた警官が道を譲る。
 遠ざかっていく救急車を眺めながら、本田警部は携帯電話に向かって話しかける。骨伝道で音は体内部に響くが、話す時は声を出すしかない。それでもなるべく小声で、散らしても集まってくる若者達に聞こえないように密やかに伝える。

「このアプリ製作者を突き止めない限り……真実はわかりません」
『第一容疑者だからな。愉快犯の可能性もある。現在調査を進めているが、一番は現場を掴むことだ。丁寧に予告までする大馬鹿者を、いつまでも放置しておくな』

 現場も見ずに好き勝手なことを。そう思いながらも本田警部に返す言葉はない。拳を握りしめて通信映像が途切れたのを見届ける。たとえ目の前に女の子が手の平を振っていても、その視線は少女の向こう側にある血塗れの壁だ。
 頭にゴーグルをつけた少女は少しだけ困った顔をする。立ち入り禁止のテープなど気にかけず、誰の目にも映らないまま、上空を見上げる、現実では建物の遥か上に星空。公共AR空間(チャンネル)では蒸気機関構造の飛行船が飛んでいる。
 公共AR空間の飛行船は瓜型の白い瓦斯袋に船を吊しているような構造で、瓦斯袋の表面には既に路地裏で起きた事件がニュース映像として映し出されていた。少女は明らかに落ち込んだ様子で路地裏から去る。立ち入り禁止のテープもすり抜けて、若者の壁さえも障害とせずに。

〈困ったなぁ。万結のいるAR空間に気付いてくれれば事件の真相を話せるのに〉

 独り言を呟きながら少女は十一区画に向かって歩いていく。

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