今週の公開内容
スチーム×マギカ「同じ空の下、違う時間の国より」
桜の木も緑で鮮やかになり、肌をまとう湿気が少し強くなる頃。
ロンダニアとはまた違う空気に包まれながら、キッド・ジュニアは微睡んでいた。
時刻は午前五時頃。少し明るくなってきた空が眩しく、彼は目を細めた。
手元には熱中して読んでいた本が一冊。静かな夜半のお供にと読み進め、気づけば朝。
彼にとっては日常茶飯事だ。寝食を忘れ、疲れさえも邪魔することなどできない。
金色の栞を頁に挟み、動き始めた鳥達の声に耳を澄ませる。
「やっぱり本はいいなぁ」
独り言を漏らす。
そうしないと休憩さえ取らない。言葉を合図に、自らに枷をつけるようなものだ。
本の感想を軽く告げるだけ。声を出し、ようやく現実をゆっくりと認識する。
「魔導書でないのが惜しいくらい」
茶化すように言っても、返事はない。
常にそばにいる相棒に関しては「頭に咲いた花でも腐ってんのか?」と答えそうだ。
しかしその相棒も同じやりとりに飽きており、全て無視して深い眠りに落ちている。
「さて、と。次は漢文による魔導書作成の手引きでも論文に——ん?」
違和感を覚え、彼は窓を見上げる。
和国の家屋は畳に木の枠、そして漆喰の壁。
窓枠さえいまだに木組みと障子だ。風情があると言えば聞こえはいいが、窓硝子を知っている身ではどうしても見劣りしてしまう。
障子越しに小さな黒い影。鳥のような形をしているが、輪郭が鋭角である。
《黄金律の魔女はこちらか?》
聞き覚えのある声に、彼はのんびりと微笑む。
時差を考えれば、声の主がいる場所は夜だろう。
そして声の主は礼儀正しい。早朝の訪問となれば、それは緊急事態のはずだ。
「お久しぶりです、ジュード先輩。お師匠様は昨夜から出かけておりますよ」
引き戸を開ければ、折り紙で作られた鳥。雀のような姿形で、とんとんと窓枠を歩く。
「僕でよければお手伝いしますが?」
《……概念寄生体について詳しいのはお前だったか?》
「専門ではありませんが、多少の知識は持っております」
にこやかに笑っても、折り紙の鳥から漂う気配に変化はない。
緊迫感が伝わる。それは肌に痛みを伴う痺れを伝え、気が弱ければ萎縮してしまうだろう。
しかし彼は常時と変わらない調子で尋ねる。
「ユーナ先輩絡みですか?」
《まあ、そんなところだ》
「あはは。相変わらずそちらは賑やかそうで」
遠い、海の向こう側。
九時間以上も時刻がズレる場所の事件に、彼は期待を隠さなかった。
あわよくば本にしよう。そして所蔵に加えようと、密やかに楽しむ——それがキッドという少年である。