今週(先々週)の公開内容
誠の友情は真実の愛より難しい「異世界に頼らずとも」
蒸気が渦巻く街で、もしも魔法が使えたら。
あの少女の病気に対応できず、出会いすら叶わなかったのではないか。
精霊と聖獣が信仰される国で、王族として生まれたならば。
友情がなにかを知る前に、命を失ってしまうのではないか。
旧時代のネオンが輝く都市で、特殊な立場に引き上げられたら。
なにが正しいかわからないまま、罪を背負って苦しむのではないか。
2222年。2000年初期から二百年以上経った未来。
鬼が蔓延り、閉塞した生活地域だけが安息の地。電子書籍の異世界転生モノを眺めながら、スメラギ・真琴はぼんやりと想像する。
平凡で退屈な自分。それが違う場所に生まれたからって、物語のように無双できる気がしない。
むしろ今以上に意味もなく死んで、名前すら残せないような予感。
どれだけ疎んじても。いくら納得できないとしても。世界と時代に適応していると、嫌なくらい自覚する。
銀色のプレートが制服の胸元で光る。足掻きながらも戦える理由は、与えられた力に頼っているからだ。
「……はぁ」
電子書籍のページを、指先一つで閉じてしまう。
異世界転生など趣味ではなかった。面白いとは思うが、共感からは程遠い。
自分がちっぽけで弱い存在ということを、痛いくらいに叩きつけられている気がした。
窓硝子に映る赤い瞳さえ、格別ではない。
ただ遺伝子の問題。偶然の産物で、生まれ持ったものだが――勝ち取ったわけでもない。
系譜を辿って祖先が素晴らしいとしても、結局自己に与える影響などわずかなのがオチだ。
まだ零から先に進めず、一にすら辿り着けていない心地。
もしかしたらマイナスで、予想よりも酷い可能性。
ネガティブな性格が顔を覗かせて、嘲笑いながら囁いてくる。
――無意味だな。
反抗したくても、妥当な言葉が思いつかない。
けれど。
「これから見つけるよ」
一歩ずつ。半歩でもいい。
蝸牛よりも遅くても、人生という時間では勝っている。
月日がどれだけ速く通り過ぎたとしても、最後に望んだ場所に立っていれば笑えるだろう。
「そろそろ行こう」
椅子から立ち上がり、図書室から出ていく。
転生せずとも、人間は生きながら変わっていくことができる。
それが苦痛を伴うとしても、少年は2222年の「現在」を選ぶだろう。