• 異世界ファンタジー
  • 現代ファンタジー

SS40

今週(先々週)の公開内容

誠の友情は真実の愛より難しい「異世界に頼らずとも」



 蒸気が渦巻く街で、もしも魔法が使えたら。
 あの少女の病気に対応できず、出会いすら叶わなかったのではないか。
 
 精霊と聖獣が信仰される国で、王族として生まれたならば。
 友情がなにかを知る前に、命を失ってしまうのではないか。
 
 旧時代のネオンが輝く都市で、特殊な立場に引き上げられたら。
 なにが正しいかわからないまま、罪を背負って苦しむのではないか。
 
 2222年。2000年初期から二百年以上経った未来。
 鬼が蔓延り、閉塞した生活地域だけが安息の地。電子書籍の異世界転生モノを眺めながら、スメラギ・真琴はぼんやりと想像する。
 平凡で退屈な自分。それが違う場所に生まれたからって、物語のように無双できる気がしない。
 
 むしろ今以上に意味もなく死んで、名前すら残せないような予感。
 どれだけ疎んじても。いくら納得できないとしても。世界と時代に適応していると、嫌なくらい自覚する。
 銀色のプレートが制服の胸元で光る。足掻きながらも戦える理由は、与えられた力に頼っているからだ。
 
「……はぁ」
 
 電子書籍のページを、指先一つで閉じてしまう。
 異世界転生など趣味ではなかった。面白いとは思うが、共感からは程遠い。
 自分がちっぽけで弱い存在ということを、痛いくらいに叩きつけられている気がした。
 
 窓硝子に映る赤い瞳さえ、格別ではない。
 ただ遺伝子の問題。偶然の産物で、生まれ持ったものだが――勝ち取ったわけでもない。
 系譜を辿って祖先が素晴らしいとしても、結局自己に与える影響などわずかなのがオチだ。
 
 まだ零から先に進めず、一にすら辿り着けていない心地。
 もしかしたらマイナスで、予想よりも酷い可能性。
 ネガティブな性格が顔を覗かせて、嘲笑いながら囁いてくる。
 
 ――無意味だな。
 
 反抗したくても、妥当な言葉が思いつかない。
 けれど。
 
「これから見つけるよ」
 
 一歩ずつ。半歩でもいい。
 蝸牛よりも遅くても、人生という時間では勝っている。
 月日がどれだけ速く通り過ぎたとしても、最後に望んだ場所に立っていれば笑えるだろう。
 
「そろそろ行こう」
 
 椅子から立ち上がり、図書室から出ていく。
 転生せずとも、人間は生きながら変わっていくことができる。
 それが苦痛を伴うとしても、少年は2222年の「現在」を選ぶだろう。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する