今週(先週)の公開内容
ミカミカミ「時代が違えば、あるいは――」
銀色の長方形が立ち並ぶ場所。灰色の道に、白の線が引かれた不思議な光景。
枝豆みたいな街灯が、赤や青、果てには黄色と点滅している。丸や三角形の看板が誘導するように飾られていた。
十字の広い道の真ん中で、ミカは周囲を窺う。人間の姿どころが、魂すら視えない異郷だ。
長方形の建物は硝子張りを誇っており、その足元に近づけば半透明の自身が映る。
黒髪黒目。左目を跨ぐ傷も消え、服装は襟元が特徴的な黒の服装だった。
手には薄い鞄。開けば見たこともない本や筆記具が詰め込まれている。
「精霊も視えないや」
生まれて初めての視界。光り輝くものはなく、物質を鮮明に捉えていた。
がやがやと耳に響き始めた音。振り向けば、様々な人間が歩いていた。
道の上を走る馬車は鋼鉄。馬を必要とせず、咳き込みたくなる煙を吐き出している。
人々の特徴に関しては黒髪が多い。だが中には金髪や茶髪、鮮やかな二色で髪を飾る者まで多種多様だ。
服装は飾りを少なくした執事服に近いものも多いが、それこそ説明しきれないほどの種類に溢れかえっていた。
枝豆のような箱が規則的に点滅し、それに合わせて人々が動く。誰もミカのことなど気に留めていなかった。
「……」
命の危険を感じない。悪意も視えず、世界を呪わずに生きていける。
見たこともないような可能性に満たされ、発展していく場所。
「ここならば貴方は幸せになれますよ」
見上げれば、街路樹に鴉がいた。枝に掴まり、羽を休めている。
「どうですか?」
問われて、微笑む。
「駄目だよ。ここには俺の大事なものがない」
左手で前髪を掻き上げれば、左目を跨ぐ一直線の傷が浮かぶ。
黒が溶け落ちて、髪や瞳も黄金に輝いた。服装も赤と黒の王子服へと戻っていく。
手に持っていた鞄が泥のように崩れ、灰色の固い道に染みを作る。それも雨粒の如く吸収され、消えてしまった。
「それに俺は幸せだよ」
ほんの少しの強がりを混ぜながら、本音を伝える。
すると呆れたような鳴き声を置いて、鴉は飛び去ってしまった。
「ええ。そうでしょうとも。少なくとも――よりは」
鴉に背を向けたミカに、その言葉は届かなかった。
狂った夢物語は、決別をきっかけに終わる。紙が千切れるように、見知らぬ風景が散っていく。
記憶に残らず、記録として保管される。当人達だけが知らぬ存ぜぬのまま、出会いの瞬間だけが迫っていた。