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SS30

今週(先週)の公開内容

ミカミカミ「呪縛」



 世界を呪ったことがある。
 泥のような重い油が大地を覆い、海が真っ赤な炎に変わってしまえと。
 そうして誰もが嘆き、狂乱の声を上げ、息絶える。静かな暗い世の中を願った。
 
 そんな呪いを抱える自分が気持ち悪かった。
 恐ろしいと理解しながらも、楽になりたい一心で悪い夢を見た。
 
 身近なのは「目の前にいる人が苦しめばいい」というもの。
 ただ理不尽に、意味もなく。自業自得のように。
 
 けれど心が沈むだけだった。
 泥水の中で呼吸ができることを喜ぶような、惨めな気分に陥る。
 醜さだけが浮き彫りになって、それが綺麗な鏡に映るのを怖がった。
 
 悲しみを我慢し、罵倒に耐え、笑顔で誤魔化す。
 すると誰もが呆れて放置していく。相手をするほどではなかったと、嘲笑しながら去っていくのだ。
 悔しかった。しかし疲れた。心が軋むのを感じ取りながら、呪いを隠し続ける。
 
「ミカ」
 
 優しく名前を呼ばれて、ほんの少し触れ合う。それだけで暖かく溶けていく。
 けれど腫れ物のしこりのように、呪いはしぶとく根付いていた。もう自力で消すこともできない。
 知られたらどうしようと怯える。もしも軽蔑されて、突き放されたら。
 
 他人に振り撒こうとした呪いは、結局は我が身を蝕むものだった。
 
 世界を呪ったことがある。けれど――それだけだった。
 行動に移すこともできず、吐き出さずに呑み込んだまま。
 愛する人達に気づかれないようにと神経を尖らせ、心を苦しいくらいに病ませた。
 
(強がっていたんだな)
 
 認めたくないけれど、その通りだ。
 でなければ立っていられない。本当は膝から崩れ落ちて、みっともなく泣き喚きたい。
 自分は持っていないと思っていた見栄が、曝け出すのを嫌がるのだ。
 
 不幸せだと考えたことはない。恵まれている方だろう。
 普通の人間かと問われれば、少し違う形になってしまったけれど。
 それでも十五年の歳月で培われた心というものは、傷つきやすい桃のようだった。
 
(硝子玉だったぞ)
 
 意識の内側で微睡む獅子は、そんな風に捉えたらしい。
 自分の心など可視化できないはずなのに、前世と今世の意識が同時に確立したおかげだろうか。
 それを聞いて少しだけ安心した。もっと腐って溶け落ちたものを想像していたから。
 
 世界を呪ったことがある。今も変わらない。
 それでも――世界を愛おしいと思う気持ちも、誰かを好きになる心もある。
 わずかに残ったものを美しいと感じ、綱渡りのように今日も生きていこう。

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