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SS18

今週の公開内容

ミカミカミ「珈琲に今を重ねて」



 恋愛云々が得意なわけではないが、目の前にいる三人よりは経験値が高いだろう。
 そんなことを考えていたオウガは、ミカに対して甲斐甲斐しく尽くすクリスを見つめる。
 横で本を読むヤーの集中力が途切れつつあるのも察していた。
 
「王子、こちらは西の方で流行っている珈琲に砂糖を混ぜたもので」
「牛乳も入れるんだ?」
「ええ、こうやってまろやかな味わいを」
 
 仲良しである。まるで姉弟が笑い合っているような光景だ。もしくは子犬同士が戯れあっている雰囲気に近い。
 男女の関係に発展するとは思えない。しかしヤーからすると、かなり気にかかるようだ。
 本の頁をめくる指先が止まっている。焦っているみたいだが、その心配は無用の長物だとオウガは理解していた。
 
「ミカ、それ俺達にも飲ませろよ」
 
 ヤーを立ち上がらせ、二人でミカ達に近づいていく。珈琲豆の苦い香りが鼻をかすめ、豊潤な味を思い起こさせる。
 
「もちろん! ヤー、美味しいよ!」
「し、仕方ないわね。眠気覚ましに飲んであげるわ」
 
 差し出されたカップを嬉しそうに受け取るが、言葉は素直ではない。
 少女の照れ隠しは見抜かれているはずなのだが、ミカ自身からは目立った反応が返ってこない。
 まず少年に恋愛についての知識が不足している可能性が高い。十歳からの五年間が、彼を大人から遠ざけた。
 
「オウガ殿、砂糖はおいくつで?」
「俺はそのまんま飲む」
 
 甘いのは嫌いではないが、好んで食べようとは思わない。あえて言うならば果物の甘酸っぱさの方が嗜好に合っている。
 しかし目の前でクリスが残念そうな表情を浮かべたので、渋々角砂糖一つ分と告げる。
 嬉々として準備を進める彼女は、貴族のご令嬢には見えなかった。
 
「……はぁ」
 
 王族、貴族、天才精霊術師。一般人からは程遠い三人に囲まれ、オウガは微妙な気持ちを味わう。
 それは珈琲の味に似ていて、苦いのだが手放せない。一度覚えてしまったせいで、なかった頃の生活には戻れなくなった。
 
「……」
 
 このまま四人で、誰の手も届かない場所まで逃げられたら――。
 地位も身分もしがらみも捨てて、等身大の自分だけが残るような環境に辿り着いたら。
 この苦い気持ちは消え去ってくれるのだろうか。それとも一緒にいられないのか。
 
「美味いな」
 
 今はただ、わずかに甘くなった珈琲を飲む。
 恋愛も、身分違いも、この瞬間だけは忘れてしまおう。
 面倒になったオウガは、思考を続けることを諦めた。

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