今週の公開内容
スチーム×マギカ「詩的な表現にするほど恥ずかしいやつ」
もしもの話。
百年以上前に別離した相手と、今も一緒だったら。
手を繋いでいた? いいや、そんなに素直ではない。
背を向けあっていた? そうできたら楽だったかもしれない。
肩を並べていた? まあ、妥当な線だろう。
代償は小さくないだろう。おそらく多くの出会いを犠牲にした。
彼がいるだけで満たされてしまい、どんな困難にも立ち向かう強さを手に入れているはずだ。
だから今も弱いままで、様々な人々に助けられて歩み続けている。
「わたくし達、別れて正解だったのかしら」
たまにそんなことを考えて、返ってこない言葉を待ってしまう。
ただ微睡みの中で、目元が熱く滲むような感覚。正しい答えはわからないけれど、一つだけ確かな気持ち。
「貴方に会えてよかった」
対面では絶対に言えないから、胸中で呟くだけ。
彼の、星のように小さい痕跡を探そう。数多の世界から白詰草にも似たしぶとさで、何処かへ辿り着いたと信じているから。
根拠はない。けれど自信はあった。
「だってわたくし達は似ていますもの」
皮肉気な笑みを浮かべて、思い出す。
ひとりぼっちの寂しさも、助けてもらえなかった悔しさも。ズレているはずなのに、わかってしまう。
彼の心臓を貫いたけれど、代わりに心を奪われて息苦しい。
「ねえ、貴方は――」
同じ気持ちを抱えて、違う空を見上げているのだろうか。
あの喪服のようなコートを着て、帽子には三つ葉の宝石飾りは輝いたままなのか。それとも知らない姿に変わっているのかもしれない。
本当は今すぐ駆け出して、無謀に飛び込みたい気持ちはあるのだけれど。
誰かの助けてという声が聞こえたから。
あの日から、趣味になってしまった人助け。
それを見捨てることはできない。だって美しくないから。
だから今日も忘れないまま、彼に背を向けて走り出す。もう少しだけ、待っていてほしい。
必ず逢いに行く。それだけはどんな手段を使っても、叶えてみせる。
「失恋なんか、してたまるもんですか」
まだ終わらせたくない。始まってもいない。
初恋としてはあまりにも暗くて、青春というには遅くて苦すぎる。
恥ずかしいほど甘酸っぱい気持ちだけが、鮮烈に記憶を揺り動かす。
「まるで乙女のようですわ」
夢から醒めて、気軽に話せない感情が顔を熱くする。
皮膚を真っ赤に染め上げていく衝動。誰もが浮かれる熱病。
百年以上冷めない。心臓が動き続ける限り、鼓動と一緒に脳を揺さぶる。
これが「好き」と言うならば、まるで劇薬。
中毒者が続出し、時には死に至る。特効薬など存在しない。
「ああ、だからこそ――」
麻酔のような愛を求めてしまうのだろう。
そんな文章を吐き出すように紙面に書き写し、気まずくなってぐしゃぐしゃに丸めてしまう。
「本当に厄介ですこと」
らしくないと呟いて、羽ペンを置く。日記に書くべきではなかった。
燃やそう。そう決意し、赤魔法で即座に消し炭。しかし不定期に繰り返しているため、あまり効果はない。
炭を暖炉の灰の中に混ぜて証拠隠滅。二百歳を超えた少女は、まだまだ青い自分自身に溜め息をついたのであった。