今週の公開内容
スチーム×マギカ「強敵というよりは難敵である」
「次は青春物に挑戦する。各自、吾輩にネタを寄越せ」
唐突なバロックの無茶ぶりに、ユーナを含め借家にいた全員が沈黙した。
五分ほど無言が続き、耐えきれなくなったカナンが吹き出し笑う。
「バロックん、具体的にどんなの御所望やのん?」
「友情だ。苦悩、後悔、甘酸っぱいのはいらん」
返事はなかった。ヤシロがお茶菓子を取りに行く建前で部屋から逃げ出し、ナギサがその後を追いかけていく。
ハトリはにこにこと笑顔を浮かべているが、指先一つ動きを見せない。チドリも同様に立ち尽くしていた。
ユーナは決して顔を上げず、視線を合わせようとしない。アルトなどは狸寝入りで誤魔化そうと試み、読みかけの雑誌を顔の上に載せてソファに寝転がった。
「ちなみに僕の学生時代は白状済みやねんて。そしたら――」
「ノンフィクションとフィクションの境界線がわかりづらい。却下」
「と言われたんで、没やねん」
カナンの学生時代と聞いたユーナとアルトの肩が跳ね上がった。
しかし大方の事情を知っているバロックはそれを無視し、チドリへと狙いを定める。
「吾輩の勘では、チドリがかなり苦い経験があると睨んでいるんだが」
「……」
「ハトリは……今が青春真っ只中みたいなものだろう」
「……」
コミュニケーション能力が抜群な美麗双子でさえ、バロックの追求を無言で流す。
特にチドリは背中に冷や汗をかき始めたが、表情は無の一言である。
「ヤシロとナギサは突くと蛇が出てくる。主にヤシロは書面に残すと大問題が起きる経歴だろう?」
「せやなぁ。黒鉄骨の魔剣士あたりが発禁を言い渡してくるとちゃうん?」
「武力行使の引導を渡しに来るの間違いだろう」
「両方かもしれんなぁ」
部屋に戻ってくる気配がない犬耳執事とドジっ娘メイドは横に置き、バロックは深々と溜め息を吐いた。
艶のある仕草は無自覚で、妖しい魅力は生まれつき。そんなバロックに対し、ユーナはハリネズミの如く警戒する。
「なあ、ユーナ……吾輩は困っているんだ。新作がこのままでは完成に至らん」
潤いを含めた瞳で見つめられてしまえば、吸い込まれそうになる。
唇を一文字に引き結んだ少女へのトドメとして、バロックは蠱惑的な囁きを投げた。
「カロック・アームズの作者の直筆サイン入り初版本は欲しくないか?」
ユーナの心が大いに揺れた。噴火でもしているのかと思うほど、胸の奥が熱くなって衝動が抑えられない。
けれど約百年以上前の青春を思い出し、必死に堪える。握りしめた拳が震えるので、手の平は汗まみれだ。
駄目だと理解したバロックが盛大な舌打ちし、つまらなさそうに天井を見上げた。
「仕方ない。次の新作は編集者がうるさいラブロマンスにするか。やる気が出ない」
「バロックんは恋愛系は苦手やもんなぁ」
「ご都合主義が喜ばれるからな。では、吾輩は帰る。邪魔したな」
あっさりと引き下がったバロックの背を眺め、一同が安堵の息を吐いた時だった。
「まあ調べようと思えば、カナンを使えばいいしな」
捨て台詞でありながら、戦慄の一言。有能な私立探偵を抱える小説家。その魔の手から、いつまで逃げ切れるか。
できれば新作に集中してくれますように。そう願うしかないユーナ達だった。