15日のおまけコーナーです。
1日に先行公開をしている『空気伯爵と綱渡り人形』の資料である『大世紀末サーカス』は、安岡章太郎による『廣八日記』解題です。
『倉沢の読書帳。』でも取り上げていました。
42 安岡章太郎『大世紀末サーカス』①
https://kakuyomu.jp/works/16816700426989514413/episodes/1681733066312033480543 安岡章太郎『大世紀末サーカス』②
https://kakuyomu.jp/works/16816700426989514413/episodes/16817330663604529447当時の普通の人目線の鋭い異国レポートである
『廣八日記』を、昭和の知識人でヨーロッパ体験もある安岡の解題ということで、やっぱり面白いなあ、という箇所があったので今回はそこを紹介します。
高野広八の一座はパリ万博、ロンドン公演、次にスペイン公演に向かいます。
6月、マドリッド到着の翌日、広八は闘牛を見物します。
手持ちの『廣八日記』(1982年再版、編集:広野町史談会)からその箇所を拾います。
〈●今日やすみてめづらしき此国のしきりたる事を見る、いすつはんの国、まとろいと申ハ此国のみやこなり、さて此国ニてよ国とちがいよニめずらしきことあり、是ハうしころしと申て、人だめハ見物のは所ハさしハだし五十間四方ほとニ丸くつくり、なかハたいらにしてまわり三だん高く致おき、是か見物の人のいるは所なり、なかのたいらなる処ニてうしと人とし(死)にい(生)きの大いくさをいたし、ついうしをころす也、〉
【(倉沢による意訳)今日は休み。珍しいこの国の事物を見る。スペイン、マドリードはこの国の都で、牛殺しというほかの国にはない珍しいものである。90メートルほどの円形の舞台に見物席が三段、中の平な舞台で、牛と人の生死をかけた戦をし、牛を殺すのである。】
「いすつはん」はイスパニヤ、「まとろいと」はマドリード。どちらも原文には傍線がついています。
丸い会場の周りに客席が三段、と、会場の描写です。
闘牛、江戸時代人の表現では、牛と人との大いくさ。味わい深いです。
〈人ハ馬にのりてやり(槍)を物て(もって)つきかゝる、又けん(剣)を物て(もって)かかる人も有、又うしのいきをきらせるためにあかきふらんけを物てにけあるく人もあり、又もりを物てつきかゝる事たいへんなるけんくわなり、〉
【(倉沢による意訳)人は馬に乗り槍を持って突きかかる。剣をもってかかる人もあり、また、牛の息を切らせるため赤いフランネルの布を手に歩く人もある。また、銛を持って突きかかるなど、たいへんな喧嘩である。】
槍、剣を持つ人、「ふらんけ」は原文では傍線がついています。フランネルのことでしょうか。銛で牛を突く人のことも書かれています。
広八は、日本人がいる、と、めずらしがられたはずなのですが、闘牛のめずらしさに夢中でそのような記述はないのでした(笑)
この頃の闘牛は本当に死闘を見せるもので、広八の記述は牛に突かれて重症の人、突かれて内臓をぶちまける馬、と続き、たいへんなものを見た興奮が伝わります。
〈此うしころしとて人けん(人間)のいのち(命)まですてることを致処ハ、せかいにて此いすつはんにかきり候事也。〉
【(倉沢による意訳)この牛殺しのような人間の命まで捨てることをするような所は、世界でもスペインだけであろう】
人の命まで捨てる見世物はこの「いすつはん(本文傍線)」だけである、と。やっぱり興奮してますね。
広八の記述に対し、安岡は『大世紀末サーカス』でこう綴ります。
〈私は、スペインやメキシコなどで何度か闘牛を見に行ったが、その有様をどの程度にそらんじているか自信がない。広八の文章をたどりながら、ああそうであったかと憶い当たることがしばしばだ。〉
また、広八の見た牛に突かれる馬の残酷な様子はこの時代ならではだそうです。
〈一九二〇年以降、政令によって馬には防具をつけることを強制されているから、こうした残酷な場景はゴヤの絵などに残っているだけだ。広八によれば、この日、最も強い牛は一頭で馬六頭を突き殺し、三頭の牛で総計十二頭の馬が殺されたという。〉
広八はそれらを淡々と記していますが、場内の観衆の目も、闘牛士ひとりに集中していたからだろうと安岡は推測します。
で、安岡は昭和のインテリなので、そこからスペインの異端審問の時代と闘牛の盛り上がりについて差し挟んできます(笑)闘牛は、どこか中世の空気を呼吸する気分に引き込まれると。スペインの歴史的に、血なまぐさい異端審問に代わり、血なまぐさい闘牛が出てきた、というのですが、そのへんは保留します。
〈いずれにしても、広八が「うしころしとて、人げんのいのちまですてることを致処ハ、せかいにてこのいすつはんにかきり候事也」と、感動をこめた語調で言っているのは、闘牛をとおしてスペインやスペイン人のなかに、これまで通ってきた異国や異人にはない不可思議なものを垣間見たからでもあろう。〉
なんか、安岡の異端審問が~とか始めてしまう昭和のインテリ仕草も今となっては味わいがありますが、そのあたり含めて面白さが伝わると嬉しいです。
また来月!