7月半ば、グループステージ最終戦が終わった翌日に協会会長の古賀正人は、技術委員長の谷恵一を呼んだ。
「現地から戻ってきた石田君が、話したいことがあるらしい」
谷も頷いた。古賀の顔にただならぬものを見たらしい。
予感は当たった。その部屋で話されたことは驚くべきことだった。
「……最終戦を負けようとしていた?」
オマーン戦について、選手達のモチベーションを間違えた酷い前半に、白熱した終盤、全体評価は辛めとなるが、日本チームの精神力は評価すべき試合と考えていた。
その評価が丸々変わる。
「もちろん、その場の状況で敢えて負けを選ぶということはありうる。しかし、試合前から『この試合を落とそう』なんていう監督は資質を疑われる」
「その発言は本当なのですか?」
「記録が残っています。ミーティングで『2位になろう』とコメントしています」
谷は顔をしかめた。
2位になろうということ自体も問題だが、発言として分かりづらい。はっきり「この試合は俺が責任を持つから負けよう」と言うべきで、2位になろうでは最終的な責任を選手になすりつけているようにも見える。
「関谷君はそんな監督ではなかったはずですが……」
「現地で見ていた限り、星名太陽とのやり取りに困って、急速に自信を失っていったようです」
「なるほどなぁ」
海外でプレーしている選手は、最先端のトレーニング理論や戦術理論に接している。
そうした選手が代表に参加した際、物足りなさを感じることは多い。それでもフル代表や五輪代表監督には実績のある者が多いが、下の世代は経験も少ないため、そうした反発にぶつかると急速に自信を失う可能性もある。
「いずれにしましても、関谷監督は既にチーム内での求心力が限りなくゼロになっています。このまま本大会まで進めたとしても、戦えるチームを作ることはできないでしょう」
「交代か……」
古賀が溜息をついた。
本大会前に監督交代をするリスクは大きい。しかし、放置してよりリスクが大きいのなら踏み出すしかない。
幸か不幸か日本には、そうした経験もある。
ロシア・ワールドカップの直前に監督を交代し、国内実績の大きかった監督を据えて決勝トーナメントまで進むことができた。
「しかし、今から変えてやってくれる人がいるかな?」
A代表や五輪代表なら魅力があるから、やってみたいという人間もいるかもしれない。
しかし、アンダー世代の監督となるとそれほど得るものが大きいわけでもない。失敗した時のリスクだけが大きい。
「協会色は薄いですが、1人候補がいるにはいます」
谷が申し出た。
「誰だ?」
「峰木敏雄氏です。この春、北日本短大付属を退任しましてフリーです」
「峰木さんか……」
古賀は腕を組んだ。
古賀と峰木は親しいわけではない。しかし、央天堂大学の先輩・後輩という関係である。
直近の高校選手権を制した監督ということで知名度的には十分だ。現在フリーであるし、先輩・後輩ということから呼びかけること自体は難しくない。
「ただ、ビッグチームを指揮した経験はないが、いきなり代表監督に据えて大丈夫かな?」
「今回はユースよりも高校世代が主力になりそうです。となると、優勝したチームの監督ですから敬意は持つでしょう。また、人格者という評価も高いので星名のようなタイプも、監督としてはともかく上の人間としては尊敬するでしょう」
「それだと、まるで関谷君が星名太陽から監督としても選手としても馬鹿にされていたような話だが、まあ、それは良いか。分かった。今後を見据えて、早い段階でアプローチを取っておこう」
峰木が乗ってくれるか、チームを制御する自信があるのか、そうしたところも含めて確認する必要がある。
「……何とか7月中にメドをつけないといけないな」
早ければ二日後のイラン戦で敗退が決定するかもしれない。
そうした場合も含めて、次への行動は早めにとっておいた方が良いだろう。