突然の話に夏木は驚いたが、同時にフツフツと怒りのようなものがこみあげてきた。
「理事長、その、峰木先生への不満というのはどこから出ているのでしょうか?」
「……もちろん、チームの中からですが?」
「それなら、私も峰木先生と一緒にクビにしてください。私はそんなことを全く知りませんでした。指導者失格です」
峰木敏雄は自分をここに連れてきてくれた恩人である。
その恩義もあるが、それ以上に自分の知らないチーム状態を指摘され、それで自分が利益を受けるということが納得できなかった。秋坂の言葉に従うということは「おまえは無能だが監督にしてやる」と言われて従うようなものである。
話にならない。
「たった今、私も辞表を提出します」
「ま、待ってください」
その反応は想定していなかったのだろう。
秋坂は露骨に慌てだした。
夏木は聞き入れるつもりがない。
チーム状態は悪くない。
そう確信している。ここに来て四年目であるが、今年が文句なしで一番強い。
それを今、どういう理由かかき回そうとしていることが許せない。
日頃は「もう少し勝ってくれないと」と言っている理事長やら役員が、だ。
恐らく、文句を抱えているのは、チームではなく外野なのだろう。
Bチームにいる選手達にそんな不満があると考えていない。
しかし、父兄の中に「ウチの子が二軍なのは納得いかない」と思っている者がいても不思議はない。その中から、役員に文句を言う者もいるのだろう。
そこにたまたまBチームの破竹の連勝が重なったこともある。
秋坂は、高齢で冴えない峰木を替えて若い夏木を抜擢するという魅力に惹かれたのかもしれない。
理由はどうあれ聞き入れるつもりはない。
先月、真田から「夏木君、何なら来年から高踏に来ないか?」という冗談めかしたメールも届いていた。真に受けているわけではないが、ここをクビになっても指導者の道が完全に途絶えるわけではない。
クビにするなら、してくれれば良い。
敢然と噛みつきにかかった。
30分後、夏木は理事長室を出た。
秋坂は不承不承と言った様子で、前言を翻した。「県予選後、部全体で会合を持ちましょう」と譲歩したのである。
会合自体には意味がないだろう。
今年全国に出られれば、そんな話は立ち消えになるだろうし、全国に出られないなら峰木と揃って2人ともクビになるということだ。
逆に分かりやすくなった。
イライラしながら部室に戻ると、ちょうど峰木も向かってきた。
「あ、監督、実は……」
言うべきかどうか迷ったが、一応事実経緯を報告する必要はあるだろう。先ほどのことを説明することにした。
峰木も話自体は知っていたようだ。
むしろ夏木が受けなかったことに驚いている。
「君も変わった人ですね。私も30年、理事長が飽きてしまうのも仕方ないし、君が監督になって新しい風を吹かせるのもアリだとは思っていましたが」
「この状態で監督が変わったらチームが崩壊しますよ」
「……」
「大体結果なんて言われること自体不当ですよ。我が校が一番金を出しているのなら、結果が出ないからやめろと言われても仕方ありません。でも、第一や杜都に比べて半分以下なのにどうやって勝てと言うんですか。何年か後に選挙に出るなら、対立候補の半分の資金で勝ってくれよと言ってやりたいです」
「そういうことを他所で言ってはいけませんよ」
思わず感情的になってしまったところで、峰木からたしなめられる。
「……分かっていますよ」
話が変わって、現在のチーム状況と県予選への話に変わる。
「今年はチャンスではあります。ただ、勝ちきるうえでもう一つ精神的に強くなる必要があるように思います」
「……そうですね。とはいえ、残り二週間くらいで大きく変えられるでしょうか?」
精神的に強くなると言っても、中々簡単にできるものではない。
自信というのは強敵に勝って乗り越えられるものである。練習で中々得られるものではない。
もちろん、厳しい練習をかして、乗り越えた自信をつけさせることもできる。「自分達はこれだけ厳しい練習を乗り越えた」というものだ。
ただ、現状でも練習量が少ないとは思わない。これ以上厳しくすると、逆に怪我に繋がる恐れがある。
峰木は一体どうするつもりなのか。夏木は内心、首を傾げていた。