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第一章裏プロローグ・ホヴァルトの鳳雛2

 狭い山道、前進しようとする兵士をギリギリかきわけてやってきた伝令の言葉に、ファバーンは目を丸くした。

「この先が、行き止まりだと……?」

 後ろで聞いているジュニスは、先程話していた兵士に向かって肩をすくめた。

 ジュニスは自分の頭が良いとは思っていない。むしろ、自分は単純であまり考えのない部類だと考えている。

 それでも、この状況では、良いことが起きているとは思えない。


 そうこうしていると、後ろの方から叫び声が聞こえてきた。

 耳を澄ませると、同じことを繰り返し言っているようだ。

 どうやら後方部隊は伝令を急がせるより、伝えたいことを前に前に叫ぶ方法を選択したらしい。

「申し上げます! 後方で落石がありました!」

 という言葉が、何回か繰り返し聞こえてくる。


 ファバーンの顔が青ざめた。

 当然の話だろう。

 狭い山道を歩いていたら、前後に落石があった。

 どれだけ察しの悪い頭をしていても、それが偶然発生したこととは考えないだろう。

「……ということは」

 ジュニスは上を見た。

 200メートルほど上方、木々しか見えないところに一斉に人影が現れた。



「跳べ!」

 ジュニスは本能的に叫び、言葉のままに飛び降りた。

 落石が来るのか、矢の雨か。

 それは分からないが、上側から攻撃を受けることは間違いない。

 山道から降りたら斜面を数百メートル落ちることになる。それも十分に危険だが、山道に残れば死は確実だ。

 しかし、ジュニスに従う者はほとんどいない。全員、慌てふためくばかりであった。


 飛び降りたジュニスも、そのままなら斜面に叩きつけられて、加速して転げ落ちて激しい打撲と死が待っている。

 もちろん、それを大人しく待つつもりはないし、そうならないための裏付けもある。

「ハアッ!」

 魔力を集中して、下の斜面に叩きつけるように手を広げた。

 たちまち、巨大な火球が浮き上がり、次々に斜面に叩きつけられ、巨大な穴を開ける。

 ジュニスはその穴の中に飛び込んだ。落下間際に受け身をとり、どうにか体勢を維持して、穴の外から上を見る。

 1人だけ飛び降りてきた者がいた。

「よっと」

 ジュニスはその男を掴んで、穴の中に引き込んだ。細身の身体からは想像もつかない膂力である。

「おっ、さっきのおまえか」
「じ、ジュニス様……?」

 顔を見ると、先程話をしていた小太りの男であった。


 男は何か話したそうな顔をしているが、ジュニスはすぐに人差し指を口にあてて静かにするように命令した。

 そのまま、上の方に耳を澄ませる。

 かなり上の方から会話の声が聞こえてきた。

「下で凄い爆発音が響いたようだけど?」

 若い女の声が聞こえた。

「……落石の音だったのでは?」

 間の抜けた雰囲気の老人の声が続く。若い女が呆れたように返事した。

「あたしの耳を疑うって言うの?」
「め、滅そうもございません」

 老人が恐縮して謝罪している。若い女の声に聞こえるが、かなりの立場にいるらしい。

「……ここに転がっているのがファバーンで、あっちがシャロンね。もう1人誰かいなかったっけ?」
「確か息子がいましたな」
「……そいつが下に逃げたのかしら?」
「まさか。この下まで数百メートルはありますぞ。斜面に叩きつけられてミンチになってしまいます」
「ファバーンのようなバカはともかく、多少なりとも頭があるなら黙って落ちることはないでしょ。途中で魔法を使って切り抜けたのかもしれないわ」

 女の溜息が聞こえた。



 ジュニスも溜息をついて、頬杖をついた。

「ジュニス様、これはサーレル族の奇襲でしょうか?」

 黙って聞いていた男が問いかけてくる。

「……奇襲というよりは待ち伏せだろうな。奇襲を仕掛けようとしていたのはエレンセシリアの方だし」

 それが早い段階でサーレル側にバレていたのだろう。

 そのうえで、エレンセシリアに近い部族に「裏道から攻めた方が良い」と吹き込んだ者がいて、ファバーンはそれを真に受けたようだ。

「おそらくは上にいた女だろうな……」
「サーレルにそんな女策士がいるなど、聞いたことがありませんが」
「親父と姉貴より頭が良ければいいのなら、それなりにはいるんじゃないの?」

 ジュニスの言葉に、ライナスはハッとなる。

「ファバーン様とシャロン様は!?」
「分からんけど、転がっていると言っていたし、死んだんだろうな。上の様子を見る限り、生きている者がどれだけいるのか……」

 父親と姉が死んだ割には自分が冷静過ぎると、ジュニスは自覚していた。むしろ、共についてきた兵士達の死の方が辛いと思えるくらいだ。

 声がほとんどしなくなったので、ジュニスは穴の入り口から上の方を見上げた。

 微かに動く頭が見えるが、それが誰であるかは判別できなかった。

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