(くそっ! ツイてねえ……!!)
王様候補として異世界に飛ばされた|板野拓雄《いたの たくお》は、自分の不運を嘆いていた。
苛立ちに貧乏ゆすりをし、爪を噛みながら、何度も舌打ちを鳴らしている。
彼が不運だと思っているのは、突如としてこんなデスゲームに巻き込まれたこと……ではない。それに関しては、むしろ喜ばしいことだった。
冴えないオタクである自分には、大切に思う相手や元の世界への未練はない。嫌な思い出しかない世界とおさらばできて、せいせいしている。
じゃあ何がそんなに苛立つのかと聞かれれば、この世界に転移する直前のやり取りだ。
いかにもな脳筋DQNに殴り飛ばされ、ガチャチケットを奪われたあの時の痛みと屈辱は、何度思い出しても腹が立つ。
運よく近くにいた子供からチケットを奪って事なきを得たが……絶対にあのDQNだけは殺してやると拓雄は強い殺意を抱いていた。
(チケット、俺のチケット……! あれさえあれば、もっとかわいくてエロい女の子キャラを引けたかもしれないのに……!!)
そして、もう一つ……拓雄が苛立っていることがあった。
子供から奪ったガチャチケットを使って引いたキャラが、好みではなかったからだ。
DQNに奪われた本来のチケットならば、自分の好みのキャラクターが引けたかもしれないのにという都合のいい妄想を膨らませる彼へと、しもべであるキャラクターが声をかけてくる。
「拓雄、わらわは腹が減った。食事を用意してくれ」
危険なほどに色気が漂う声で拓雄に食事をねだったのは、黒髪の美しい女性だった。
長く美しい髪で豊満な胸を隠すその女性からは、声も含めて淫靡な魅力が漂っている。
ただ、両頬から鋭い牙が生えていたり、下半身が黄色と黒の毒々しい縞模様の体毛で覆われていたりと、人間からかけ離れた姿をしてもいた。
「またかよ……さっき食べたばかりじゃないか」
「そう言うな。お主のために頑張っているわらわに、少しは報いてやろうという気持ちを持て」
そうやって笑う女性の名は、『蜘蛛妖姫 ジュリア』。
蜘蛛と人間の女性が入り混じった種族であるアラクネであり、拓雄がガチャで召喚したSSRキャラだ。
妖しい魅力を持つジュリアであるが、半分が蜘蛛の魔物でもあるために、拓雄はその容姿を気に入っていなかった。
自分が求めていたのは正統派の美少女キャラだったのに、どうしてこんな蜘蛛ババアが来てしまったのかと、己の不運を嘆いている。
(おねだりをされるなら、もっと巨乳でかわいい女の子が良かったな……こいつ、無駄に偉そうだしさぁ……)
妖姫の二つ名の通り、ジュリアは位の高い存在として振る舞っている。
彼女を召喚した、いわば主である自分のことも下に見て接してくるし、そういうところも気に喰わない。
それでも自分の生命線である彼女の機嫌を損ねないように、拓雄は苛立ちを押し殺しながらジュリアの要望に応え続けていた。
「言っておくけど、これがさっき捕獲した最後の食料だからな? もっと欲しかったら、また狩りに出る必要があるぞ」
「ふむ、そうか。まあ、十分に腹は膨れたし……そろそろ、この味気のない《《かぁど》》とかいう食事にも飽きてきた頃じゃ」
そう言って、ジュリアが拓雄から受け取った薄い長方形の何かをバリバリと貪る。
それを食べ終えた彼女は、小さく息を吐くと……目を細め、小さな声で呟く。
「スキル発動【眷属出産】」
呟きを発したジュリアの体が、薄紫の輝きを放つ。
その輝きが消え去った時、彼女の背後に赤褐色の肌をした蜘蛛怪人が五体ほど並び立っていた。
「我が愛しの息子たちよ、母のために餌を取ってこい。わらわが腹を空かす前に仕事が終わらなかったら……お主らを食べてしまうからな?」
脅しの言葉と共にジュリアが自らが生んだ蜘蛛怪人たちに命令を出せば、彼らはのそのそと隠れ家から出て、餌を探し始める。
そんなことができたのかと彼女の能力に驚く拓雄へと振り向いたジュリアは、ニイッと口の端を歪め、危険な笑みを浮かべながら彼へと言った。
「これで食料問題は解決じゃな。わらわもそろそろ生きている餌を食べたいと思っていたころじゃ、より大きく栄養のある餌を食せば、生まれる子供たちもさらに強くなるじゃろうて」
「は、ははは、ははははは……!!」
これがキャラクターを強化することかと、ジュリアの説明を受けた拓雄が沸き上がってきた興奮に笑い声を漏らす。
この世界の生物を餌に、どんどん自分のキャラを強くしていけば、異世界デスゲームの勝者……王様に近付けることを理解した彼は、握った拳を震わせながら、期待と喜びに心臓の鼓動を高鳴らせるのであった。