• ラブコメ

作中登場楽曲の紹介(第87話-)





【#0088 夢】

・J.S. バッハ=ペトリ『羊たちは安らかに草を食み』
 (演奏: レオン・フライシャー)
https://youtu.be/fTWf82WLEcw


 第2章の始まり、葵くんが悪夢を見た翌朝に演奏した曲です。

 原曲はバッハの世俗カンタータ『楽しき狩りこそ我が悦び』BWV 208を構成するソプラノのアリアです。

 曲について、またレオン・フライシャーというピアニストについての説明は小説内でしていますので省略します。
 ここではいくつか補足をします。


 まず、作曲者名の「J.S. バッハ=ペトリ」という表記について。
 ここでは「原曲の作曲者がJ.S. バッハ、編曲者がペトリ」ということを意味します。

 人名に二重ハイフン「=」が用いられるのは2通りのパターンがあります。

 ひとつは、その人名の姓または名のアルファベット表記したときにハイフン「-」が入る場合。
 これは音楽にかぎらず一般になされる表記法だと思います。
 姓が複合性である人物や、名がハイフンでつながっているときです。

 たとえばクラシック音楽では「カミーユ・サン=サーンス」というフランスの作曲家がいますが、フランス語表記だと「Camille Saint-Saëns」です。
 ハイフンが無いスペースは中黒「・」で区切り、ハイフンがあるところは二重ハイフン「=」で区切ることで区別しています。
 この場合は「サン=サーンス」が姓なので、クラシックの世界ではふつうは単に「サン=サーンス」と呼びます。「サン・サーンス」の表記も結構見るんですけれど。

 あるいは、フランスのピアニストで「ジャン=マルク・ルイザダ」という方もいますが、原語では「Jean-Marc Luisada」です。
 この方は「ジャン=マルク」が名で「ルイザダ」が姓です。
 なので単に「ルイザダ」と呼べばピアノ界隈では通じます。
 ちなみにブーニンが優勝した年のショパンコンクールで入賞した方ですので日本では(特に年配のファンには)名のしれたピアニストです。

 また、海外の方には複合姓、つまり2つの姓をつないでファミリーネームにしている場合もあるようです。
 あるいは結婚を機に苗字が変わった方が、英語を用いる場で旧姓を併記する際に「Tanaka-Yamada」のようにハイフンでつなぐ例も見かけます。
 たとえば学術論文などの業績が改姓によって途切れさせないように、ということで2つの姓をつなげたり、あるいは完全に本名ではなく旧姓を論文のペンネームとして用いる、ということが(特に女性の)研究者にはごく当たり前にあります。
 この日本の旧習が早く失くなってくれればと切に願うばかりですが……

 話題がそれましたが、ここまでが「=」が入る例の1つ目です。


 もう一つの例は、作曲者のほかに編曲者がいる場合で、今回の「バッハ=ペトリ」のような表記はこちらです。

 クラシック音楽では、編曲者は作曲者と同列に扱われます。
 もっと言えば、「誰の作品か」「どの時代区分の作品か」ということを分類して考える場合、基本的に作曲者ではなく編曲者の作品として考えるのが普通です。

 つまり今回の『羊たちは安らかに草を食み』の場合、クラシックの世界では、原曲のアリアはバッハの手による作品だけれども、ピアノ曲としてはペトリの作品という扱いになります。

 理由はいろんな言い方があるかと思います。
 たとえ古い時代の音楽を題材にしていても、楽譜に書かれた表現は編曲者のオリジナリティや編曲者が生きた時代の演奏技術、楽器の発達が反映されているから……といったところでしょうか。

 実際この『羊たちは安らかに草を食み』も、演奏にはピアノのペダルをふんだんに用いるところはバッハのオリジナルな鍵盤作品とは奏法がまったく異なります(バッハの鍵盤作品をピアノで演奏する際はペダルを用いないです。と書くとなんと時代遅れな考えだと言われそうですが、少なくとも葵くんはペダル踏まないです)。

 ピアノ曲の分野では、ピアノの魔術師フランツ・リストが当時の歌曲や歌劇を大量にピアノ独奏用に編曲してコンサートピースにしています。
 以前栞の演奏曲として登場したシューマン=リストの『献呈』もそのなかのひとつです。
 これは原曲の歌曲はロベルト・シューマンの作で、ピアノ独奏に編曲したのがリストという意味でした。

 また、まれに編曲者が2名以上いる場合(つまり誰かが編曲したものをさらに別の人が編曲したということ)があるのですが、との場合は3名以上の名前が「=」で繋がれます。

 例として、メンデルスゾーン=リスト=ホロヴィッツのピアノ版『結婚行進曲』があります。
 これはメンデルスゾーンの有名な『結婚行進曲』をリストが編曲して、それをさらにホロヴィッツというピアニストが編曲したものです。
 興味がある方はぜひ聴いてみてください。ものすごい曲ですよ。



 最後にこの『羊たちは安らかに草を食み』という曲自体について。

 日本では、NHKのラジオ番組のオープニング曲として長らく使用されていたようです。
 もしかしたらそちらの方がフライシャーのエピソードよりも有名なのかもしれません。
 が、わたしは存じませんでした。

 わたし自身、この曲を知ったのは2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでのソン・ヨルムの演奏が初めてでした。
 それからこの曲を調べてフライシャーのことを知りました。


 もともとこの葵くんの演奏シーンは当初のプロットには無かったのですが、夢を見た葵くんが思いを馳せるのにマッチした逸話じゃないかと思い立って急遽書くことにしました。

 しかし書き進めるうちになんだか既視感が……

 そうです、ほとんど似たようなお話をわたしは既にフジコ・ヘミングの『ラ・カンパネラ』で書いていたのです。
 作者が気づいているのですから読者の方もそう感じたことでしょう。

 しかしせっかく書いたものをボツにするのも忍びなく、また最近忙しいので少しでも書き溜めの字数が欲しい……

 そういった甘い考えで、この冗長な演奏シーンが残ってしまいました。


 カンパネラはいまの葵くんが弾きこなすには難しすぎる、葵くんが弾けるのはこの『羊たちは安らかに草を食み』のほうであるはず……

 そんな言い訳をしておきます。





【#0101 コンクールに出ない?】

・ベートーヴェン ピアノソナタ第8番『悲愴』第1楽章
 (演奏: ユンディ・リ)
https://youtu.be/xWHeYYxE6g8

 ベートーヴェンはあまり自作にタイトルをつけなかった作曲家で(そういう作曲家は実はクラシックにかなり多いのですが)、作品は基本的に「ピアノソナタ」や「交響曲」のように曲のジャンル名で呼ぶか、あるいはのちの時代につけられた愛称で呼ばれることがほとんどです。

 しかし、32曲あるピアノソナタのうちベートーヴェン自身でタイトルがつけられた曲が2曲だけ存在します。
 それが第8番『悲愴』と第26番『告別』です。

 第8番はベートーヴェンの初期の作品のなかでも最も重要なもので、第1楽章は、ソナタ形式の各部の前におかれた重々しい序奏と、劇的な推進力に満ちた急速部との対比が実に鮮烈な楽章です。

 演奏もかなり至難です。




【#0107 BEAR (2)】

 新キャラクターの濱先生がピアノを演奏しています。
 この時点では語り手の葉子の視点では曲名不明で、後に登場させようと思っているのですが、それもかなり時間が経ってしまいそうですので、ここでひっそりと曲名を明かしてしまおうかと思います。

・グルダ ソナチネ 第1楽章
 (演奏: フリードリヒ・グルダ)
https://youtu.be/XyqdNCwcitQ

 葉子は「完全にジャズ」と言い切っていますが、この曲にはちゃんと出版された楽譜があり(記譜可読性と演奏再現性という形式上の面からみて)れっきとしたクラシック音楽です。

 また、耳の肥えたピアノオタクの方なら、ジャズを取り入れたクラシックコンポーザーといえばカプースチンがまず思い浮かぶと思います。が、ここはあえて外しました。

 グルダは20世紀でも屈指の名ピアニストで、クラシックにとどまらずジャズ・ピアニストとしても活躍し、即興、作曲にも秀でた不世出(やや奇天烈型?)の天才です。
 普通のクラシック音楽リスナーにとっては、モーツァルトやバッハの録音が最も有名でしょうか。

 このソナチネは、YouTube上でいくつかの自作自演録音があるのですが、そのどれもが、譜面上でアドリブ指定された箇所で弾いている音が違います。
 おそらくこれも一発撮りかそれに近い形で録音されたのでしょう。





【#0109 入学】

・ワーグナー 歌劇『タンホイザー』より 大行進曲
 (演奏: 東京佼成ウインドオーケストラ)
https://youtu.be/MkzABkWalFE

 入学式の入場時に吹奏楽部が演奏していた曲です。
 もともとはオペラの一場面で、管弦楽に合唱がついた曲ですが、ハルトマンによる吹奏楽編曲版です。吹奏楽で演奏するにあたって移調もされているようです。

 吹奏楽といえばマーチ! ということで、スーザのマーチや吹奏楽コンクールの課題曲マーチなどがたくさんあるわけですが、あまりそればかり取り上げるのもワンパターンに陥ってしまうかと思い、ワーグナーにしました。

それから、式次第に名前だけ登場した楽曲として

・渡口公康 『南風のマーチ』
 (演奏: 航空自衛隊航空中央音楽隊)
https://youtu.be/5kNGhw8gIhQ

・保科洋 『風紋 (原典版) 』
 (演奏: 光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部)
https://youtu.be/CPFYBzUo4SA

をとりあげました。
 これはどちらも吹奏楽コンクールの課題曲として作曲された楽曲で、わたしが好きな曲です。
 蓬高校の吹奏楽部の設定として、「格調高さ」みたいな雰囲気をもたせることにしていて、作者が聴きこんだ中で音楽性の充実した吹奏楽曲を選んで演奏させることにしています。
 これから先も吹奏楽の曲がいくつか登場しますので、よければ聴いていただければと思います。





【#0113 新学期の活気 (3)】

・バーンスタイン=グランドマン ミュージカル『キャンディード』序曲
 (演奏: 東京佼成ウインドオーケストラ)
https://youtu.be/e2wPIeMod9U?si=55WqVozvlYdTNwU2

 新入生歓迎会で吹奏楽部が演奏していた1曲め。
 バーンスタイン作曲の原典はオーケストラの曲ですが、吹奏楽へのアレンジもよく演奏されているようです。

 オーケストラ版は以下
https://youtu.be/H45NlnCX9Q0?si=kn2F0qDEUAIzFk0i
のような演奏があります。ご参考までに。


 吹奏楽の名門校ということを印象づける難曲を、ということで選びました。

 吹奏楽は経験者の読者の方も多いと思いますので、言葉遣いなどなるべく気をつけて執筆しています。

 それと、選曲にあたっては有名な吹奏楽小説・アニメで登場させた曲は書かないと縛りを設けることにしました。


・福田洋介 さくらのうた
 (演奏: プリモブラス)
https://youtu.be/wyi7Tz2KTfs?si=M5ukD_0Sgd5-UwQq

 一転して叙情的な吹奏楽の曲を、ということで選曲しました。
 吹奏楽コンクールの2012年の課題曲にして、歴代屈指の名課題曲と言われています。

 この曲の美しさは聞けば分かる!
 ウインドチャイムのキラキラ感がたまりません。
 こんな曲を演奏されたらコンクールなんて忘れてしまいます。課題曲なんだもんなあ、これで。
 課題曲で作者が一番好きな曲です(入学式の南風のマーチといい、世代がバレてしまいます)。





【#0114 新学期の活気 (4)】

・モーツァルト 歌劇『魔笛』より『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え (夜の女王のアリア)』
 (ソプラノ: ルチア・ポップ 指揮: オットー・クレンペラー 管弦楽: フィルハーモニア管弦楽団)
https://youtu.be/ZBhbAPzXxKM?si=A0cENPoDWOtERBYg

 新入生歓迎会で朱鷺子先輩 (名前は未出) が歌っていた曲。

 ソプラノの朱鷺子先輩の並外れた技量をあらわせる曲を、ということで超有名曲
ですがこの曲を選びました。
 ほかにも何曲か候補はありましたが、3分ほどという演奏時間の短さ、そして何より常軌を逸した高音から、やはりこの曲がふさわしいです。


 華やかで技巧的なパッセージから明るい歌だと誤解されがちですが、作中で書いたように歌詞はきわめて禍々しい内容です。







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