【#0052 桜家にご招待 (4)】
・J.S. バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第I巻 より 第4番 嬰ハ短調 BWV849
(演奏: スヴャトスラフ・リヒテル)
https://youtu.be/x1x57omCE8s0秒から3分12秒までが前奏曲、3分12秒以降がフーガです。
葵が自宅に招いた綾、栞、里香さんの前で披露した曲です。
バッハの鍵盤作品はピアノ音楽の歴史を語るうえで最初期に置かれる存在といっていいと思います。
何しろ生まれは1685年、フランス革命の100年以上前の時代で、まだ音楽家は貴族や教会に雇われる職人といった時代です。
そしてバッハの時代はピアノではなくチェンバロという鍵盤楽器が主流で、ピアノの原型となる楽器がようやく発明されたかどうか、という頃です。少なくとも広く普及はしていません。
これがわたしが文章を書く際、バッハに限っては「ピアノ曲」ではなく「鍵盤作品」と呼ぶ理由です。
チェンバロのために書かれた作品を現代のピアノで演奏することの正統性について、いろんな人がいろんな言葉で議論されました。
しかし私は、その理由は一言でいえば、18世紀にチェンバロが廃れその後継としてピアノが発展してきたという歴史的経緯と西洋音楽の伝統がそれを許容している、という点に尽きると思います。
今では復興されたチェンバロ、古風なフォルテピアノ、現代のピアノといった様々な楽器で演奏され、広く受容されています。
葵くんはピアノを習うのを辞めてしまったので、栞のように超絶技巧を駆使する難曲を演奏することはできません。
しかしそのかわりに、突然ひとりぼっちになってしまった寂しさを慰めるため、自分のためにバッハの曲と向き合うようになりました。
思索と試行錯誤を延々と繰り返して、樹木が豊かに枝葉を茂らすように、その感受性と音楽への洞察力、そして今の優しい葵くんの性格そのものが培われたのです。
なお、わたしが普段愛聴しているのはアンジェラ・ヒューイットのCD(旧録音のほう)なのですが、YouTubeには上がっていないようなので、代わりにリヒテルを推薦版とさせていただきました。
【#0058 夕暮れ (1)】
・シューマン 子供の情景 Op.15
(演奏: マリア・ジョアン・ピレシュ)
(第1曲 見知らぬ国)
https://youtu.be/q94ZcUa0JN8(第2曲 不思議なお話)
https://youtu.be/bDStYut6144(第3曲 鬼ごっこ)
https://youtu.be/UnonyPNPFRU(第4曲 おねだり)
https://youtu.be/-fLQOMshk3Q(第5曲 満たされた幸福)
https://youtu.be/mjiOXlAD2qY(第6曲 重大な出来事)
https://youtu.be/K8Yl5Vo9Kso(第7曲 トロイメライ)
https://youtu.be/dzKYJVIlrLc(第8曲 暖炉のそばで)
https://youtu.be/QBQG7ebytvo(第9曲 木馬の騎士)
https://youtu.be/-SS4Mjbkr6I(第10曲 むきになって)
https://youtu.be/G7bHDVD2nXo(第11曲 怖がらせ)
https://youtu.be/6P26CgmhQK4(第12曲 眠る子供)
https://youtu.be/tXwKvrOLABQ(第13曲 詩人は語る)
https://youtu.be/d4tondKOEPk 葵くんが綾のために弾いてあげた曲です。
ドイツ・ロマン派の作曲家シューマンの代表作で、わたしはシューマンの作品で一番好きなものを挙げろと言われたら迷わずこれを挙げます。
次点としてピアノ協奏曲、謝肉祭、精霊の主題による変奏曲がありますが……
わたしにとってベストオブシューマンはやはりこれです。
子供の情景というタイトルですが、子供の練習作品という趣ではなくむしろ大人が感傷に浸れる音楽です。
どの曲もこの上なくノスタルジックで……
その中でもやはり白眉は『トロイメライ』でしょう。
誰でも聞いたことのあるメロディなのですが、繰り返されるたびに微妙にニュアンスが変わっているのです。美しい。
技術的には平易に演奏できる曲です。
本文中ではたった2、3行ですが、どうして葵くんにこの曲を弾かせたかは明らかです。
このあと葵くんに過去を語ってもらうためです。
【#0063 栞は、わたし】
・安岡優作詞/安岡優・松下耕作曲 言葉にすれば(混声四部版)
(指揮: 松下耕、伴奏: 斎木ユリ、演奏: 東京ユース・クワイア)
https://youtu.be/IiMH_YK97mc 綾がクラス合唱で披露することになる曲です。
合唱部の全国大会のひとつであるNコンで、2007年の課題曲として書き下ろされた曲です。
作者であるわたしが中学生の頃、校内合唱コンクールでよく歌われていまして、わたし自身は歌ったことはないのですが身近に知っている合唱曲ということで作中で取り上げてみました。
今はどうなんでしょうかね?
さすがに古すぎて歌われなくなったでしょうか。
そもそもコロナ禍で合唱コンクール自体が無くなっているのでしょう。
選曲に際しては紆余曲折がありました。
今後のネタバレになってしまうので言えませんが、いくつか条件がありました。
その一つがソロがあるということです。
最初は、2006年のNコン課題曲だった『虹』という歌にするつもりでした。
2番の歌詞が終わったところでソロ(ソリ)が挿入されます。
https://youtu.be/E1K-4vTxnn4 この曲は中学の課題曲です。
ふと、葵くんが練習につきあってあげるくらいの曲だからもう少し難易度があっても良い……そんな思いが浮かびました。
すみません、わたしは合唱については本当に経験が無いので、生意気なことを言っているのは分かっています。
しかしわたしの中学校では、3年生はみんな四部合唱を選んでいたんです。
それ以外にも、今後の展開にかかわることなので詳しくは言えないですが、夏帆という登場人物をもっと展開に参加させたいと思ったこともあり、曲を変更することにしました。
そして2曲目として見出したのが『あの空へ〜青のジャンプ〜』という曲です。
こちらは2009年の高校の課題曲です。
https://youtu.be/C8sqn-fmVHg これ、非常に面白い曲で、2番の歌詞が終わったところで「スキャット」が入ります。
ジャズなどで「シュビドゥビ、ダバダバ~」などと即興で歌うアレのことです。
もちろん合唱に取り入れるなんてユニークで、当時は相当話題になったようです。
各校とも趣向を凝らしたアレンジを披露しているのを動画や音源で見聞きして、これは面白いじゃないかとおもったわけです。
楽譜にないソロをどんな風に歌うか、葵くんと綾が一緒に考えていくうちに仲良くなっていく……
そんな展開が容易に頭に浮かびます。
しかし、結局この曲もやめました。
どうしても歌詞が好きになれなかったからです。
石田衣良さん本当にごめんなさい。
ということで3番目の案として『言葉にすれば』を取り上げることに決めて、ストーリーを組み立てました。
『あの空へ〜青のジャンプ〜』は、葵くんの学校で今年歌うことにした曲という裏設定としてその名残があります。
夏帆がノリノリな振る舞いでスキャットのソロを歌っているのを想像すると非常に楽しいです。
【#0073 鐘】
・リスト パガニーニによる大練習曲 第3番『ラ・カンパネラ』 S.141-3
(演奏: フジ子・ヘミング)
https://youtu.be/JWqaFzjifSQhttps://youtu.be/xNzzF0M5hB0 綾がピアノを弾き始めるとき、葵くんといっしょに聴いた曲です。
ピアニストのフジ子・ヘミングもそのまま作中で言及しています。
実在のピアニストを作中に登場させることについて、少なからず考えるところはありました。
特にこのピアニストの場合、高齢になってから日の目を浴びるようになったことで私たちが耳にできる演奏は、テクニック的におぼつかない部分も散見されます。
加齢による衰えというのはどんなピアニストにもあることで、それ自体仕方ないことだと思うのですが、問題は普段クラシックを聴かない読者へどのような説明を作中でするべきかということです。
この人のカンパネラの演奏が多くの人の胸を打つことは疑いの余地がないことですが、だからといってフジ子・ヘミングというピアニストを無条件で称賛してしまうことによって、演奏の巧拙の評価観についてひどく誤解を招いてしまうのではないかと危惧していました。
この演奏は、ピアニストの特性と楽曲との相性が人々の予想からはるか外れたところで奇跡的に合致してしまったようなものだと、わたしは思うのです。
なので、アマチュア批評家でもある葵くんのモノローグには辛辣な評価も含めて記述しました。
実在のピアニストですのでさすがに忌避感もないわけではなく、名前をすこし変えるといったことも考えました。
しかし、演奏家に限らず作品を公開して世に問う立場にある人間は、批判も含めて公からの評価を受けて当然だというわたしの考えのもと、名前は変えることなく作中に用いることにしました。
まあ、こんな拙い作品を見に来るもの好きな読者の方も少ないでしょうし、、
【#0082 再演、そして (2)】
・安岡優作詞/安岡優・松下耕作曲 言葉にすれば(女声四部版)
(指揮: 星英一、伴奏: 川村千尋、演奏: 福島県立安積黎明高等学校合唱団)
https://youtu.be/s5Ds6c2Kjh8 綾がクラス合唱で披露した曲の女声合唱版です。
以前の楽曲解説で選曲経緯を簡単にお話ししたと思いますが、そのほかにどうしてもストーリー上不可欠だった点をあえて述べませんでした。
それは「混成版のほかに女声版が用意されている」ということです。
理由は作中で述べたとおりですね。
そういうわけで、Nコンの課題曲が最良の選曲対象だったわけです。
毎年新曲が書き下ろされるNコン課題曲では最低でも混成と女声がセットで作られますからね。
ストーリーを構想した時点では作中の葵くんと同じように、ソプラノだったら混成版も女声版も大差ないだろうと思っていたのですが楽譜を取り寄せて愕然としました。
やっぱり楽譜は大事ですね。
ちなみにカクヨムにはリワードといって、作品のPV数に応じてお小遣いがもらえるシステムがあるのですが、わたしの場合作品執筆に必要な楽譜や雑誌なんかの購入にすべて消えています。
この作品、大赤字です……
紹介したYouTubeの音源は安積黎明高等学校という女声合唱の名門校による演奏です。
本来このように大人数で歌うと朗々とした力強く明るい曲です。
しかし作中で綾たちはごく少人数で歌ったのでこれとは印象がかなり違うはずです。
興味のある方はそういった演奏も聴いてみると面白いと思います。
(『言葉にすれば』を歌ったものは見つけられないですけど)