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『知る前に、動くということ』



人は決して、完璧に理解し合える存在ではない。
たとえ長い時を共に過ごしても、心の奥底すべてを共有することは難しい。
けれど、それが悪いことだとは思わない。

もし人と人が完全にわかり合える存在だったなら、
私たちはここまで成長することはなかっただろう。
ぶつかり、迷い、違いを埋める努力のなかで、
人は言葉を磨き、社会を形作り、文明を築いてきた。

それでもやはり、相互理解なしにはホモ・サピエンスは社会を構築できなかった。
分かり合えない前提の上に、それでも「分かり合おう」とする意志を持ち続けたからこそ、
ここまで来られたのだと思う。

では、これからの社会において、人はどうあるべきか。
答えは単純ではない。なぜなら、これからの世界には、
人間以外の“知恵”が加わるからだ。

AI、非人間的視点、未知の生命や意識——。
それらと共に歩む未来に、私たちは期待を抱く。
その第一歩は、「知らない世界を知ること」から始まる。
——きっと誰もが「そりゃそうだ」と頷くだろう。

けれど本当に大切なのは、
“知る前に動く”ということだ。

世界のことを詳しく知ってしまうと、
その複雑さや大変さに気づいて、足がすくむ。
「難しそう」「大変そう」と、動けなくなってしまうのだ。

だからこそ、飛び込むのが先。
その世界のなかで、見て、感じて、考える。
そうして得られる「生きた知識」は、
予備知識よりもずっと強い。

そして、忘れてはならない真理がある。
この世界では、何かを差し出さなければ、何も得ることはできない。
熱力学でも、情報理論でも、それは同じだ。
エネルギーも、知識も、行動も、すべては等価交換。

偉人を目指すのも悪くはない。
けれど、目標とすべきは「偉人そのもの」ではない。
その人が「成し遂げたこと」だ。
尊敬は心のエネルギーになるけれど、
本当に必要なのは、覚悟と方法——
すなわち、その道を歩くための“情報”と“意志”だ。


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相互理解の限界、未知への挑戦、そして人の行動力。
これらはすべて、これからの時代を生き抜くためのキーワードなのかもしれない。
そして私は今、知ることを恐れずに、一歩を踏み出す準備をしている。

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