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新徴組屯所付近

昨日今日と少々ニュースで話題にもなった東京大神宮の向かいに、新徴組屯所はありました。東京大神宮自体が明治以降、ここに置かれたものなので、新徴組の方が先輩ですね。

特に史跡として何か残っているわけでなく、表示もなく、切絵図を持っていないと、ここに新徴組という組織があったことはまったく気づかないまま通り過ぎてしまう、そんなところです。

……よく見て頂くと、坂のアップダウンがかなりあるんですよね。左上の写真の左の学校の出入り口がちょうど屋敷の門に相当します。門を構えることができる平らなところがそこしかない(゚ω゚)

庄内藩酒井氏にこの屋敷が任されるまで、ここは田沼屋敷でした。あの田沼意次っスね(゚ω゚) 彼の評価も近年、大きく変わりつつあります。公共事業の推進によって停滞する経済を循環させようという試みは、後年、アメリカで行われたニューディール政策とも比較できるのでは、などと短絡的に考えたりしますがまあ適当な戯言です。

それにしても、全く新徴組の形跡はこの飯田橋付近には残っていません。頑張って探して、白菊稲荷社という小さな稲荷の祠の脇、金網で仕切られた向こうの石組みが江戸時代のものではないかと思うのです。そうすると、これが新徴組屋敷の遺構の可能性もありますが、調査はされていないですね(゚ω゚)

ただ冬青木(モチノキ)坂というその地名はかろうじて残り、モチノキが数本、近辺に植えられています。が、モチノキ坂じゃないんですわ、植えられているところが。

モチノキ坂の裏手は直ぐ、靖国神社になります。
靖国神社では明治維新の戦いで命を落とした幕府軍と新政府軍、どちらの人々も祀られています。いろいろ物議のある神社ですが、この国が成るときの騒乱に、是も非もなく亡くなった人々、すなわち建国に殉じた人びとの魂が祀られている神社であることは知っておいていただきたいと思うのです。

祀られた魂は"柱"であり、神様と同じ"単位"で数えられることになるというあたり、なかなか他国の方には理解してもらいがたく、そして日本人でもその感覚がワカランという意見もございます。

どうしてそんなことになったのか。「千鳥シリーズ」では幕末明治維新期に何が起きたのかを解き明かしながら、ストーリーが進んでいきます。

そのシリーズ最新作、維新前夜の江戸を舞台にした『翠雨の水紋』は、いよいよ物語が終盤に向かい大きく動き始めます。……と、いいつつ、カクヨムコン期間を余裕で超過することが明らかになっておりますが、どうぞ今後の物語に応援を頂ければと存じます。

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