寅衛門「え~、『翠雨』の作中の季節は春から夏にかけてであり、雪の降る冬にはかかりません。なので、取材ノートではなく、今現在の東京に降っている雪を眺めつつの近況ノートになります」
寅吉「いうて話題はいつも通りの浮世絵、江戸時代ですよね」
寅衛門「江戸時代後半は、平均気温の低下が地球規模で見られた小氷期と呼ばれる時期に該当する」
寅吉「一方で、34℃を越える猛暑があった時期でもあります」
寅衛門「この辺りの天候不順が、特に東北地方で深刻な飢饉を引き起こし、幕藩体制の崩壊のきっかけに、ひいては明治維新の引き金になったとも言われている」
寅吉「天候不順の影響が直撃した地域では、藩内の経済流通が致命的なダメージを受けたんですよね」
寅衛門「庄内藩あたりはぎりぎり回避しつつ、だがあかんところはあかんかった……」
寅吉「そんなクリティカルにシリアスな科学的知見は置いておくにしても、浮世絵の方はだいぶ雪をエンジョイしていますよね」
寅衛門「部屋の中にいる者たちをまず見ていこう」
寅吉「上の絵で女性が持っているのは雪うさぎですかねえ、これ。いいですね。リアルさがなんとも」
寅衛門「その絵の画面左、男性が抱え込んでいるのが当時の炬燵だ」
寅吉「壺を伏せたような形の陶器の中に、炭が入っているんですよね」
寅衛門「布を被せれば今の電気炬燵にも引けを取らないほっかほか」
寅吉「離れられなくなったら背中に背負って移動するのにも適した形態ですね!」
寅衛門「上の図が雪の夜なのに対し、下の図は昼間の絵だ」
寅吉「……謎の生命体が右側におりますが」
寅衛門「狆かな。やんごとなき家柄の女性は外に出ることもままならず、ペットを飼って無聊を慰めたという」
寅吉「儂なんかどうです? どう? どう?」
寅衛門「で、実物よりは少々大き目にデフォルメされているが、この絵では火鉢が描かれている」
寅吉「みんながその周りに集まってきていますね。ん? 女中が持っているのは雛あられかな」
寅衛門「雪景色を優雅に楽しむ人々の姿が華やかに描かれた一枚だな」
寅吉「……なんか説明を終えた風を醸し出していますが、違いますよね」
寅衛門「ここの作者が是非皆様に注目して頂きたいと思ってご紹介するのが最下段です」
寅吉「上の浮世絵二組の背景に描かれた女中たちの姿こそ、見て面白い!と」
寅衛門「確かにな。めっちゃ本気の雪合戦していたり、襷掛けして大きな雪玉を作っていたり」
寅吉「この表情がまた、絵の主人公たちをくって生き生きと描かれております」
寅衛門「楽しそうだよな」
寅吉「めっちゃマッチョな奥女中とか、作中にいるとサブ人気が出るタイプのキャラですよね」
寅衛門「そんな女中たちの仕草、振る舞い、そして服装など、一つ一つ見ていくと当時の暮らしを想像しやすくなる」
寅吉「しかし気候の変動は江戸時代からあったんですね」
寅衛門「そうだな。ある程度の寒暖のブレはずっと昔からあったと考えられている」
寅吉「はあ、その辺りが温暖化問題の難しい所でもありますよね」
寅衛門「素人がグラフ一枚見ただけで考えなしの感想を述べるには、この問題、奥が深すぎてなあ」
寅吉「ま、江戸時代は基本、今より寒かったし、東京でも頻繁に雪が積もって警報が出ていたよ!って話ですな」
寅衛門「……警報はどうかな」
寅吉「今日は皆さん、早く帰りましょう!」
*資料は国会図書館デジタルコレクションから引用しています。
古代江戸繪集
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2542560