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小説書き41話について

41話、「首をかしげて泣かれたり」違和感あります……かね?

実はこの41話というのは、ここまでの要素をあおいの過去に入れる予定が当初ありませんでした。

私はわりと、自分の実体験から引っ張ってきた感情を書くタイプです。
一時期に起きた沢山のことをそのまま小説に書けば、逆にリアリティがなくなると思うので、いろんな話に分けて書いていました。

このシーンでは、自分の感情や体験はシーンの4分の1ほどにとどめて、4分の3ほどを架空の話で書く予定でいました。

そうしないと、あおいのキャラが壊れると思ったからです。

ところが、書いてるうちに、訳がわからない状態になり、書けなくなり、頭にモヤがかかったようになって、推敲不能になりました。

あおいの話ではなくなってしまっていないか? ストーリーとして破綻していないか、違和感ありすぎるようならガッツリ修正を入れるべきかと、今週はそればかり考えていました。

41話は一部を除いて全て私の実体験です。

一部とは、彼女がいじめられそうな空気は高校の中にはなく、彼女の同性愛者疑惑を友人が口にした事もなかったので、中盤の「あおいにべったりだよね」からの一文、そのセリフの部分だけは架空です。
あれはあおいの、カムアウトに対する恐怖感を書くために入れたものです。

私は彼女にとって、同性との体験をカムアウトした初めての人間でした。トラウマのカムアウトを受ける数ヶ月前に、私は友人に初めて、同性を好きになってしまっていると、カムアウトをしていました。そのため、人に話したら楽になるというのは嘘だと、話した事で一ヶ月以上ガタガタになる事もあるのだと、体験した後でした。
彼女の事が心配だった気持ちを強く思い出せますが、態度で充分に支える事はできませんでした。

私はあれを、「プリンマニアと話したから」ではなくて、「書いたから」、当時の彼女に自分が与えてしまった苦しさに思い至りました。

何度も当時の事を、同時に起こった別の小さなトラブルの事を、書いていました。自分への嫌悪感や罪悪感や劣等感、希死念慮の事を、一時的に記憶がなくなったり、彼女の話が頭に入らないほど脳がシャットアウトしたりといった事を、他の話に下書きとして書いてはいましたが、「好きな相手に泣かれた」、あのシーンを書いたのが初めてで、自分の好き避けがどれだけ酷いことで、タイミングの悪いことだったかを考えると、書いてしまった内容を消す気になりませんでした。

20年以上経って、自分の感覚を忘れかけてから、やっと客観的になれて、今さら、謝りたいと思いました。

謝りたいけど、多分当時の話を出すような会い方はできません。二人だけで会う事は多分しません。向こうも当時の話をしたいとは思えませんので、何か皆で会ったような時に、すごく大事な友達だったよ、ともう一度伝えられれば、それが最大限かと。

ラブコメじゃなくなってるなとか、あのシーンについて色々考えるのですが、書くことしかできない、本来は書く事もできない、というあおいの気持ちとしては全く合わないわけでもないので、冷静になってからの推敲で微修正をするだけにしようと思います。

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