「さて、俺の秘密基地のいいところを挙げてみろ」
「空気が清浄で植物を育めるだけの正常な土があって食べ物があって日光を忠実に再現した光があって魔含獣が出なくて、もういいことづくめじゃないですか」
「うん、じゃあ悪い所も見ようか」
シュバルトはそう告げると自然の中を歩き出す。
すると暫く歩いたところで足を止めた。
「ここが秘密基地の果てだ。ちょっと向こうまで行ってみろ」
「果てって……わ、壁だ。いや、岩かな?」
一見して自然は続いているように見えるが、ヴァイスが手を翳すとそこに確かに固い何かがあった。身体を押しつけてみても奥の風景には辿り着けない。
「古代魔法にのホログラムですか?」
「そのようなものだ。一見するとめちゃくちゃ広く見えるが、ここは直径50メートル程度の半球状の自然なんだ。音の反響もないからそうとは気付かなかったろ?」
「全く気付きませんでしたよ。地球内空洞仮説かと思いました」
「まぁそういうわけで、この中で全力疾走なんかするなよ。壁に激突して鼻血塗れになるぞ」
「教官もなったんですか?」
「ものの喩えだ。ここが安全かどうかも分からん段階ではしゃげるかよ」
確かに、いきなりこの光景が視界に飛び込んできたらヴァイスなら自分が幻覚作用のあるガスを吸い込んだか夢だと判断する程度には、この美しき狭き世界には現実味がない。慎重波のシュバルトはさぞや慎重に内部を探索したことだろう。
「さっき食った果物もな。また実が生って食べられるようになるまで一ヶ月くらいかかる。計画性もなくバクバク食うとあっという間に枯渇する。季節を気にしなくて良いのは有り難いが、ここで継続的に人が暮らすとしたらまぁ……二、三人が限界だろうな」
「だから誰にも教えなかったんですね、ここのこと。奪い合いになる」
「それ以前に執行委員会に横取りされたり俺が始末される可能性が否めないからそもそも言えない。お前にも全然これっぽっちも教えたくなかった」
「そうあけすけに言われると心中複雑ですけど!?」
シュバルトはヴァイスを華麗にスルーしてもう少し進むと、大きな魔法陣型の石の台座に辿り着いた。ヴァイスがポーチを触りながら床を蹴ると、魔法陣がゴリゴリと石を擦る音と共にスライドし、螺旋階段が姿を現した。
「ここまでは円形の上半分。そして土の下にはもう半分。ここは球状になっている。扉の開閉は今の所俺にしかできないので、閉じ込められたくなければ俺から離れないことだな」
「それはご勘弁願いたいですね……」
こつこつと音を立てて螺旋階段を降りていくと、少しして圧巻の空間に辿り着いた。
なんと表現すれば良いのか――薄い石版を半球状にひたすら、ただひたすらに並べて、並べて、隙間がなくなるまで並べ尽くした。そういう空間だった。それでも収まり切らなかったのか石版は中に浮き幾つもの束となって整然と並べられている。
「紙は多くの文字を書き込んで圧縮することが出来るが、石版は紙より長く保管出来るとここを作ったヤツは考えたんだろうな。古代文明の魔法図書館ってところだ。俺が逃げるついでにお前を助けた転移魔法も、ここで散々調べて勉強したもんだ」
「魔法……そんな凄い力があったならば、リテイカーの他の仲間に広めても良かったのでは?」
「良かねーよ。根本的な問題があるからな」
「それは?」
「俺たちゃ魔法を捨てて生き延びた人間だぞ。つまり、魔含獣と違って魔力を生成出来ない。しかも地上は大気中の魔力もカス同然。そんな状態で魔法ってのは発動しないんだよ」
シュバルトは懐から取り出した魔含石を指で弾いて空中でキャッチする。
「魔法を使うには魔含石に籠められた魔力を使うしかない。するとどうなる? 第二楽園計画の要にして俺たちのおまんまの源の魔含石を消費することになるんだぞ? ぜってー碌なことにならねーし、最悪俺が効率を悪くする諸悪の根源としてコレだっつーの」
そう言いながら自分の首を親指で切るジェスチャーをするシュバルトに、ヴァイスは納得した。確かに魔法がリテイカーに普及したらエデンにとっては絶対に面白くないことになる。
シュバルトは手に握った魔含石をそのまま下の空間に落した。
すると、石がキィンと甲高い音を立てて転がり、消えていく。
「……上の自然を維持する力は魔力によるもの。つまり、ここの基本原理は第二楽園計画のセフィロトと同じだ。違いは一つ、クロスポットから滲み出る魔力をコイツは自動で吸い取ってる。吸い取った分を全て自然に維持して……それで上の50メートルの自然を精一杯維持してる」
「今みたいに魔含石を投入したのは?」
「さっき俺たちが食った果物の成長をちょっと促進出来る程度かな。高ランクの魔含石は試したことがないが、焼け石に水だろうな」
螺旋階段の縁、手すりに手を寝かせたシュバルトは、ため息をつく。
「ここで飯も外も気にせず魔法について調べるのが、俺の外での貴重な趣味だ。それで何か得られるってんでもない。何かあっても自分だけはここで助かる。助かったからどうって訳じゃないが、死ぬまで趣味に没頭できるのは悪くない。そうして溜め込んだ知識も人知れず消えていくとしても……まぁ、いつかこの石版の中から世界を救う方法でも見つかるかも知れないからな」
最後はふざけて笑ったシュバルトだが、ヴァイスにはその笑顔は言葉にならない諦観と寂寥感を覚えさせるもので。彼も、それなりに真剣に考え、向き合い、そして、やはり人類は滅びの道を行くしかないとどこかで気付いてしまったのではないかと、ヴァイスは思った。