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暇つぶし13

 ポイントβは、何もない荒野という印象の強かったαと違って殆ど全体が岩肌塗れの盆地だ。
 当然植物などあろう筈もなく、更にαと比べて非常に足場が悪い。しかし、長らくリテイカーが移動を続けたことで僅かずつだが足場が削れて辛うじて道のようなものは出来ており、基本的な移動は皆がその道や比較的平坦な道を利用している。

 初めてポイントβを見渡したヴァイスは驚く。

「αに比べて明らかに人が多い……」
「道場の悪さのせいで人が同じ道を通りやすいのもあるが、βはαより魔含獣が多く、紫の魔含石よりランクが上の藍色もたまに手に入る。藍色の魔含獣は絶妙に強くなりきれていない個体だから紫の魔含獣と基本同じ方法で倒せる」
「青は?」

 以前にポイントβでは青の魔含獣が出ることがあるという話を思い出したヴァイスの問いかけに、シュバルトは補足説明を加える。

「遭遇は藍色よりも更に稀だが、俺ならフラッシュグレネードぶん投げて逃げる。青を倒す経験を積む機会そのものが少ないのに冒険したくない」
「よく分かりました」

 未だ使う機会に恵まれないフラッシュグレネードを収めたポーチを無意識に触りながら頷くヴァイス。彼の素直な性格は、欲望のコントロールにはプラスの作用を及ぼしているようだ。

「さて、ヴァイス」
「はい!」
「お前これから何するんだ?」
「え? ……教官の指導を賜りたく思いますが」
「教官は教えるだけでなく試すこともある。お前は今まさに試されている」

 これまで質問には答えてきたシュバルトによる突然の試練に、ヴァイスは少なからず動揺し、不安をかき立てられた。彼がこれまでリテイカーとして活動出来ていたのは、シュバルトが教官として正しい方向に導いてくれていたからだ。

(いや、だからこそか。教官は私にこれまでの教導の集大成としてリテイカーとしてすべき行動を見極めているんだ。思い出せ……リテイカーの基本……)

 リテイカーは欲望をコントロールしなければならない。
 リテイカーとしての基本装備、戦術、索敵。
 リテイカーが危機に陥った際の対処法。

(……いや、ダメだ。何をするにも不安しかない! 本当に教官の意思を私はちゃんと受け止められているのか? 正しく解釈できているのか? 教官に聞きたいが、質問に答える気なさそうだし、ここで聞いてちゃ試練の意味ないし……)

 結局、自分はシュバルトの経験から得られた知識を与えられるだけの雛だったのだろうか。こんな場所にまで来て何も成長していないのか。葛藤がグルグル頭を回り、目眩を起こしそうになる。
 しかし、今日が最後の教導になると言っていた以上、なにか正解がある筈だ。
 そして答えを導くだけの情報を、既にヴァイスは与えられている。
 必死に思い出し、初心に立ち返る。

 思い出せ、思い出せ――シュバルト教官はただ情報を与えるだけでなく、ヴァイスの心理を読んだような発言をすることもあった。だから自分も何かを読み取れる筈だ――。

「あ……そうか」
「決まったか?」
「はい! 私がポイントβでやることは――!」

 なんという基本的なことだろうか。
 しかし、それをしてきたから彼は生き残って来られた筈なのだ。
 ヴァイスは答えを導き出し、それを実践した。

 ――それから数時間が経過し、ヴァイスは魔含獣を1匹も倒さずポイントβの入り口に戻ってきて岩の上で黄昏れていた。

 本日の成果、ゼロ。
 何一つ為さず、何も仕留められず。
 ヴァイスはただただポイントβを見て回っただけ。

「それが正解。違いますか、教官」
「そうだ。正解だ」

 シュバルトは彼にしては珍しく笑っていた。

 ヴァイスはあの後、ポイントβの地形を丁寧に観察し、そこで戦うリテイカー達の動きや魔含獣の特徴を遠巻きに観察し、彼らの動きや装備、行動ルートなどをずっと分析し続けた。おかげでヴァイスはポイントβでどんな行動をすればよりリスクを減らせるのかが見えてきた。

 ヴァイスはシュバルトの教導を通して、そもそも人に教えるには自分が経験していないとあれほどの情報を提供できないと考えた。しかしシュバルトにはヴァイスにとっての教官的立ち位置の人間は恐らくいなかったと思われる。
 つまり、シュバルト自身が新人時代に生き残るのに効率的な手段をとっていた筈だ。

 以前に彼が死ぬ間際のリテイカーから知識を受け取っていたという話は聞いたが、それはある程度経験を積んでからの話だろう。ではそれ以前はどうしていたのかを考えたとき、ヴァイスはやっと気付いた。

 出来る人間の動きを観察して情報を得れば良い。
 助け合いが廃れたこの世界で最も有効な情報取得手段は――観察と分析だ。 

「これをあと一、二回繰り返して情報を溜めれば、今日いきなり挑んだ場合より遙かに安定して動ける筈です。成果がゼロなんでポイントαと何度か往復しながらになるかもしれませんけど、知らないことに出くわして死ぬより遙かにマシですよね」
「そういうことだ。効率的な立ち回り方はβを狩り場にするリテイカーが知っている。だったら見て盗めば良い。これは知らないポイント全てで言える。つまり、ポイントβでその結論を導き出せるなら、後は自力でなんとか出来る。無論こいつは保証ではないが、それはどのリテイカーにとっても同じこと。必要な基礎知識はこれで全てだ」

 ヴァイスの胸を、誇らしい気持ちと寂寥感が同時に満たす。

「これにて教導過程を終了する。コチョウんとこに帰って報告するぞ」
「……シュバルト教官」
「なんだ?」
「私、シュバルト教官のこと……一生忘れません。教官にとっては厄介事だったと思いますが、それでも……本当にありがとうございます!」

 ヴァイスのお辞儀に、シュバルトは珍しく面食らった。
 そして、ため息をつくと背を向けて帰りだす。

「背中がむずがゆくなるから礼なんてよせっての。アザーに慣れた人間にとって一番聞き慣れないぜ」

 その態度が照れ隠しのように見えてヴァイスは微笑みながらシュバルトの背を追いかけ――見慣れない空に気付いて困惑した。シュバルトもまた足を止めて空を見ていた。

 第二楽園計画の拠点から黒煙と、この遠距離からでもはっきり確認出来る複数の白い光が見えた。後れて、遠くからずん、と、大地を揺るがす震動。

「……嘘だろ?」
「教官、これは――?」
「あの白い光、間違いない。拠点が禁級(オーリ)魔含獣(オルス)に襲撃されてる。しかも、複数!!」

 太陽が地平線へと吸い込まれていく夕暮れの朱が、何かとても不吉なものに見えた。

1件のコメント

  • サイコーです。
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