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暇つぶし14

 この世の終わりという言葉がある。
 大抵は比喩表現だが、神話の中には終末が語られることがある。
 リテイカーなら「もう終わってる」と皮肉を込めて返答するのが慣わしのようなものだが、シュバルトは眼前の光景を見て無意識にそれを口にせざるを得なかった。

「黙示録……」

 支配の騎士、争乱の騎士、飢餓の騎士、病魔の騎士。
 記録をなぞるように現れた四柱の禁級魔含獣(オーリオルス)。
 白く輝く美しい肉体は通常の魔含獣とは比べものにならないほど巨大で、ゆうに30mはあろうかという巨体が悠然と第二楽園計画の施設を踏み潰しながら中央の魔力蒐集装置へと歩みを進めている。

 施設の防衛機構は辛うじて動いているようだが、どんな砲撃もまるで歯が立たず、逆に禁級魔含獣からの攻撃で次々に粉砕されている。

 本部に運悪く戻っていたり休んでいた相応の数のリテイカーが見えるが、ある者は全てを諦めて呆然と佇み、ある者は自棄になって禁級魔含獣に全く効かない武器で立ち向かい、ある者は死んだリテイカーの荷物を一心不乱に漁り、辛うじて理性のある者は破壊されたショップから必要な物資を盗んで逃げている。

 そして、そのどれもが禁級魔含獣のハエでも払うような攻撃で微塵に砕け、灼かれ、散っていく。

 シュバルトは何もかも投げだそうかと思考を放棄しかけたが、僅かに残る理性とリテイカーの本能で正気を保つ。

「教官……これ、は――第二楽園計画では、よくあることなんですか?」

 ヴァイスの絞り出すような声に、シュバルトは答える。

「ない。ここは魔力湧出点(クロスポット)から最も遠く、魔含獣の餌がない。だが……」

 二人の視線は、自然とリテイカーが回収した魔力が集合する柱――正式名称『セフィロト』に集まる。

 だが、何故今になって?
 どうして今までは何もなかった?
 考えても埒があかないが、一つだけ分かることがある。

 リテイカーは第二楽園計画に沿って支給される水や食料、道具によって生かされているに過ぎない飼い犬の集団だ。餌と道具の供給がなくなれば死ぬしかない。
 そして、歴史上誰も討伐に成功したことのない禁級魔含獣四体全てを撃破する術が、リテイカーにはない。

「詰んだな」
「~~~~ッ!」

 ヴァイスは怒りや哀しみや葛藤が入り交じった泣きそうな顔で銃を構えるが、シュバルトが叩き込んだリテイカーの常識と理性に照らし合わせてそれが無謀以外の何物でも無いことを理解しているから行動に移れない。
 移れないのは分かっているのに、それでも構えずにはいられない。
 そんな、顔だった。

 シュバルトは座り込んで双眼鏡を取り出す。

「教官?」
「俺は黙示録を見学する。お前は頑張って楽園にでも行ったらどうだ。連中の目的がセフィロトだけなら、楽園にまで被害は及ばないだろ。そしてお前なら門を開けて貰えるんじゃないか?」
「……気付いてたんですね、教官」
「言ったろ、探られたくない腹があるならちゃんと隠しとけって」
「なら分かりますよね。置いていけません」

 そう来たか、とシュバルトは嘆息する。
 彼には楽園内に不審者一人くらいならねじ込める力があって、隣に恩人がいるとくれば、インナーの人間がそういう考えに至るのはある意味当然だったのかも知れない。

 だが、事ここに至って、シュバルトはやはりインナーに戻りたいとは思わなかった。

「あそこにあるのは全てが虚構だろ。でもここにあるのは生の情報だ。俺、魚は刺身が良いし肉はちょっと生が残ってる方が好きなんだよ」
「……」
「だから、俺は俺で好きにする」

 シュバルトとヴァイスの間に痛いほどの沈黙が続く。
 その間にも、第二楽園計画拠点は紅蓮と爆炎に溢れ、リテイカーは散り続けている。シュバルトはその様子を双眼鏡で覗き続ける。流れ弾で死ぬ可能性はなくもなかったが、リスクを押してでも情報が欲しかった。

 やがて、隣に誰かが座る音。

「私はお菓子は生と名のつくものが好きです」
「あっそ」

 もう教官として教えることは全て教えた以上、止める気はない。
 ヴァイスはスカベンジで双眼鏡を手に入れていた。
 二人は終末の様子をつぶさに観察を始める。

「パニクったリテイカーの間でシャルフリッター案件が起きてるが、対応する様子がないな。そもそもシャルフリッター自体が防衛に出てきてない」
「機能不全に陥っているか、もしくは早々に見切りをつけて逃げるよう執行委員会に指示が出ているのかも」
「まぁ、価値あるインナーをアザーの為に浪費したくないのはありそうだな」
「インナーの防衛隊も出動する様子がありません。防衛ラインの外だから? 楽園は第二楽園計画のリテイカーを見捨てにかかっているのでしょうか」
「代わりは幾らでも用意可能だし、そもそもあの計画本当に成就する見込みあるのか自体謎だからな。砂漠に毎日コップ一枚の水を撒いても緑化しないでしょ。土がないんもん」

 シュバルトの知る限り、年単位で観察してもセフィロトの見た目は変化していたようには見えない。他のリテイカーにそれとなく話を振って確かめた時も反応は同じだった。
 余りにも変化が微細で見分けがつかなかったのか、或いはそもそも周囲の環境を維持するのに精一杯で増えていないのか――それでもリテイカーを使い続けた辺り、計画を成功させる気があったかどうかは怪しいところだ。

「……コチョウのやつ、逃げたかな」
「恐らくは誰よりも早く避難した筈ですよ。優秀な方です。私を待ってあんな場所に留まりはしない」
「そりゃ結構なことで」

 コチョウはリテイカーになってから一番付き合いが長く、会話らしい会話を続けている唯一の人間だ。憎たらしく思った時期もなくはないが、朝のあれが今生の別れでは彼女が哀れだ。

 禁級魔含獣は遂にセフィロトの前まで集合する。
 辛うじて生き延びていたリテイカー達も、いよいよ絶望の顔だ。
 だが、シュバルトは双眼鏡越しでも少々眩しい黙示録の獣たちを眺めるうちにあることに気付いた。

「なんじゃありゃ」

 見間違いかと目を擦って再度確認するが、同じものが見える。
 流石にこれにはシュバルトも一瞬信じられなかった。
 ヴァイスも後れてそれに気付いたのか悲鳴のような声を上げる。

「禁級魔含獣の頭に人が乗ってる!?」

 光の加減で顔まではっきりとは見えない。
 しかし、それは明らかに大きさも輪郭も人間のものだった。

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