『起きなさい。これよりあなたを来世へと導きます』
その声で、俺の意識は覚醒した。
覚醒した、と言っても、真っ暗な視界が切り替わっただけだ。
そして目に映ったのは、辺りに何一つ存在しない真っ白な空間。
ただ一つだけ、目の前の光の塊が宙に浮いて声を発していた。
『これがあなたの死んだ場面です』
光がそう言うと、スクリーンに投影されるように目の前に映像が広がる。
カードショップに大型トラックが突っ込んでいて、俺が下敷きとなっている。身体の下は一面が血の海。見るも無残な姿で、どうやっても助からないと一瞬で分かる。
ああ、そうだった。
俺の名前は、風張《かざはり》 正臣《まさおみ》。
32歳のしがないサラリーマン、独身。
社畜の枯れた日々を送りながら、余暇を唯一目ぼしい趣味のカードゲームで過ごしていた。
この日も仕事が終わり、新発売のカードパックを買って、試しのプレイをしようとしたところで、この事故で即死したわけだ。
とてつもなく運が悪い。しかし何の目標もなく、日々を稼いで、そのときそのときの娯楽を目当てに過ごしていただけだ。はい死にました、と報告されたところで、格別の未練も湧かなかった。
本当に枯れた日々を送っていたのだ。いつの間にか、死んでも未練すら湧かないほどに心が渇いてしまっていた。
目の前に張り出された現世最期の光景は、無残で寂しいものだった。
救いもへったくれもない有様なので、さっさと画面を切り替えてほしい。
『この光景から見て取れる要点は3つです』
スクリーンはプレゼンテーションのように3つのポイントをズームアップする。俺の死に顔、散らばったカード、さらにカードイラストの3つが拡大されてピックアップされる。
立派でもない死にざまを敢えて注目されるのは、何とも気味が悪い。
『比較的若くして唐突な死、カードゲームが好きであったこと、そのカードの題材は剣と魔法のファンタジーであったことが観察されます』
警察が事故現場を分析するかのように、光は淡々と説明する。
この光が何なのかは分からないが、何とも人間味も人情味を感じない機械的な審査をしているようだ。
『よって、次の転生を推奨します』
この3つのピックアップは俺の転生における判断材料であったようだ。
見苦しい事故現場の映像が消えて、今度は人体模型のような透けた人の全体像と、隣り合って緑豊かな世界の遠景が浮かび上がっている。
ゲームの説明書の最初あたりのページにありがちな、『このゲームの世界とは』の挿絵に描かれていそうなファンタジーっぽいフィールドマップである。
『こちらは剣と魔法のファンタジーの世界、魔物が強くて人間の生存率が低いため、多くの魂の投入と速やかな文明の発展が望まれます』
どうにも俺の転生先の世界の説明のようだ。剣と魔法のファンタジーなのは新鮮で良い。しかし生存率が低いだとか不穏当なワードがチラついている。
『そのため、あなたの転生を次の通りとします』
光のアナウンスに従って、人体模型が肉付けされる。それはおおよそ俺を若くした姿で、ちゃんと異世界の旅人っぽい服を着せられていた。
『この異世界は即戦力の人材が望まれます。よって、青年の16歳での転生とします。
さらに現世の記憶をそのまま引き継ぐことにより、文明の発展に貢献することが期待されます』
幼年期を省略して、さっさと若者として働けということらしい。記憶を保ったまま幼年期を過ごすのも居心地が悪いだろうし、不自由で無力な学生時代をもう一度繰り返したいとも思わない。これは望ましい提案だ。
文明の発展に貢献と期待されているが、およそ一般知識しか所有していない。勝手に期待されているだけなので、気ままに過ごすこととしたい。
『初期能力では生存が危ういため、現世の過ごし方にちなんだ能力を授けます』
ここに来てようやく、どこかの漫画で流し見たような展開になってきた。きっと異世界を無双できるチートスキルなのだろう。危険に満ちた異世界でも左団扇でゆるりと「え、俺今何かしましたか」風に楽勝で過ごせるようなスキルを期待したい。
『【カード使い】の能力です。白紙のカードを出して、周りのものを納めて、出現させることができます』
…………。
大雑把なイメージしか湧かない、漠然とした説明がされる。
一体何枚出せるのか、周りのものとは大きさや範囲はどれくらいまでか、納めるとは具体的に何を収納できるのか、出現させるとはどんな風なのか、多分これから説明されるのだろうか。
『さらに意思疎通と状況把握のために必要である【言語知識】と【鑑定】を授けます。授ける能力の説明は以上となります』
さらっと説明が終えられてしまう。もっと詳しく説明しろよ!と声を出そうとするが、声にならない。そうか、肉体がないから声が出せないのかと思って、視界を下に移そうとしても、それもできない。
そういえばここまでの説明も一方的だった。もとよりこの場は光から一方的に説明するだけで、俺の意思を汲み取る気がないのか。
『これより転生となります、それでは有意義な異世界の生活を』
説明不足への抗議も受け容れられないまま、視界は暗転する。
死後の世界。どこかで読んだ話なら、物好きな神様やらドジな女神があれこれ世話を焼いて、賑やかにほのぼのと転生していた気がする。
しかし、俺の死後はどうだ。無機質な光によって、死亡時の状況証拠により機械的に振り分けられただけのようだった。自身の死に様といい、何とも味気ない日々を過ごしていた俺にはお似合いなのかもしれない。
死んだという事実、無造作なる来世への仕分け。自分を軽んじられて自嘲的な気分になりながら、暗転とともに再び俺の意識は薄れていった。