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第四回近況ノート小説『釣り人に魚を送ることの倫理的な問題、あるいは神戸牛の頭骨の価値について』

 人間が生まれてから死ぬまでの間に何度心臓が動くのか、誰が調べたのかは知らないがおおよその数値が存在しているらしい。存在しているらしいことは知っているが、それが何百万回なのか何千万回なのかまでは憶えていない。いや、憶えていないというのには語弊がある。憶えていないというのはかつて知っていたということだが、そもそもそれを一度たりとも知らなかったのであれば『知らない』というのが妥当だろう。知らないことを思い出すことはできない。一度も入れたことのない知識を憶えることはできない。
 こんがり焼けたトースターの上にマーガリンを塗り広げながらなぜ心臓のことを考えていたのか。いや、本当は心臓のことなんて考えていなかったのだが、しかしどんな思案から心臓へと思考が至ったのかを思い出せないでいた。夜三時に寝て朝八時に起きる生活。五時間の睡眠時間の中に詰め込まれた現代社会の闇と病み。なぜ人間はこれほどまでに働くのか。これだけ働かなければ社会は維持できないのか。どうして袋ラーメンは二食以上セットで入っているのか。
 今晩はラーメンを食べて帰ろうと心に誓ってワイシャツに袖を通す。ネクタイを締める。以前勤めていた小さい会社の社長が亡くなったときに貰った派手なネクタイだ。なんてことのない幾何学模様(正確には幾何学模様ではないのだと思うが、しかしこれがなんの模様かと問われれば答え難く、よって幾何学という我々素人にはその言葉自体意味するところがわからない名前を用いたに過ぎない)が描かれた金に近い色(そもそも金色とは光沢のある黄色ではないのか。果たして金色とは本当に金の色味を持っているのだろうか)というだけであり、しかしてその色味から昇り竜でも描かれているのではないかと錯覚してしまうようなネクタイなのである。
 眠たい時ほど思考がどこかへ飛んで行ってしまうという自覚はあった。コーヒーを胃に流し込んでも覚めない眠気。脳をゆっくりと蝕んでいくような、いつまでも重い眠気。そこから生まれる思考が果たして役に立つのかどうかはまだ知らない。
 人はパンのみにて生きるにあらず。麺も食えと旧約聖書にも書かれているって近所のラーメン屋の店主が言っていたのを思い出す。神棚に飾られたバイブルはとんこつの脂でぎとぎとだが、ラーメンの神なら許してくれるだろう。それに、八百万も神様がいるのなら、ひとりくらい怒らせたって問題はないはずだ。
 とにかくラーメンのことだけ考えることにした。働いて、ラーメンを食べて、眠り、目覚め、働き、ラーメンを食べる。
 神よ、この敬虔な信徒にラーメンを与え給え。

 ラーメン

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