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第一回近況ノート小説 『ホーン・リバー』 ※作品の時代背景や制作者の意図を尊重しオリジナルのまま投稿させて頂きました

 車酔いで揺れる頭がロバート・プラントの歌声でさらにひどく揺さぶられる。ロデオ・ショーに引き出された暴れ牛が柵をぶち壊して俺の頭の中で跳ねまわっているかのように頭痛がするが、ハンドルを握っている相棒のサミュエルは「愛について語っているのさ」と歌いながら酔っぱらいのような運転をしている。膝の隙間に落ちているジム・ビームをさっきかららっぱ飲みしているせいではないだろう。警察官が飲酒運転とあっては、いったい誰に賄賂を渡せばいいのかわからない。
 相棒がハンドルを誤って対向車と衝突した時にすぐ射殺できるようにとホルスターのシグ・ザウエルをチェックする。傷ひとつない美しいスライド。ハンマーも滑らかに動く。グリップのチェッカリングも欠けひとつなく、今なら「動くな」と言う前に撃つことができるだろう。
「なぁおい、サミュエル」
 音楽に掻き消されないように大声でそう呼びかけると、サミュエルはとろんとした目をしてこちらを向いた。頭が横に揺れているが酔ってはいないはずだ。
「いいか、サミュエル。俺たちはこれから人間でツキジ・ショーをやりやがったイカレ頭のサイコ野郎を探しに行くんだ。その前に俺たちがミンスミートになっちまったら、誰がそいつに九ミリ口径のケツ穴を新しくぶち開けてやるんだ? 俺の言いたいことわかるか?」
 イエスにトイレット・ペーパーの使い方を説明してもらうように丁寧に訊くと、サミュエルはまるで傷ついたCDのように何度も口をぱくつかせ、ややあって酔っぱらいのような呂律で答えた。
「わかってる、わかってるよグレッグ。つまり、どういうこった?」
「俺から言わせないでくれ、サミュエル。俺ん中じゃ、お前は今もシラフのままシボレーのハンドルを握ってて、正義感に燃えながらホーン・リバーへの道を法定速度をきっちり守って運転してるんだ。頼むから俺の中の現実を壊さないでくれ」
「へい、グレッグ。そいつぁ無理ってもんだぜ。なんたって、俺はさっきからどろ酔いで運転してんだ。かれこれ三時間だ。同じ州の村だってもな、こんなもんナルニアかホグワーツ魔法学校だぜ。見ろよ、どこ向いたって杉林しかねぇ。裸のねぇちゃんが杉とファックしてりゃ面白いってもんだがよ、グリズリーの一匹だっていやしねぇじゃねぇか。面白くもねぇ、飲んでなきゃやってられねぇよ」
 車体が大きく横に揺れる。三百ポンドの超ド級のコール・ガールとファックした時でさえこんなにベッドは揺れなかった。
「グリズリーがいたらなんだってんだ。杉に手を着かせて権利でも読み上げるか?」
「先に聖書を読んでやれよ。そうしたら、俺たちの右頬をぶん殴ってくれるぜ」
 けらけらと相棒が笑うと、その度にあの世が一歩近づく気がする。殺人事件を解決する前にこちらが死体にならぬように胸の前で十字を切って、相棒のジム・ビームを奪って一気に呷った。



 初夏だというのに肌寒い山奥にホーン・リバーはあった。鹿と年寄りしかいない村で、活気もなければ美女もいない。かといって鹿とジジイがファックするほどは冷え切っておらず、村の男たちはどいつもこいつも村に隠れるキチガイとタンゴを踊ろうと肩にレミントンやウィンチェスターを提げている。煤けたハンティング・キャップの下に隠れた眼は鋭く、余所者である俺たちを睨みつけていた。
「おいグレッグ、あいつこっち睨んでるぞ。なんか後ろめたいことでもあんじゃねぇのか?」
「後ろめたいことがあんのはこっちだろ。いいから昼飯でも買ってこい。ここは俺にまかせろ」
 道路沿いの小さな商店の前に車を停め、サミュエルは頭を抱えながら店の中へと入っていった。俺は自分が制服でないということも気にも留めず、いい土地を見つけた不動産屋のようにゆったりとした余裕のある足取りで、赤いピックアップの前でたむろする男たちへと近づいていった。
「最近景気はどうだい、旦那方」
 流れるような所作で警察バッジを見せつけると、男たちは重石が取れた浮き輪のように肩を少し浮かせた。
「なんだい、お巡りさん。州警察がいまさらのこのこご登場か」
 朝食のビールを飲み終えたドイツ人のように髭を立派に蓄えた男がそう言った。肩にはレミントンM870が枯れ木のように引っかかっていて、腿にはバックアップのセンチニアルがアクセントのようにグリップを覗かせている。もう二人の男も、これからオオツノジカでも仕留めようかという装備であった。
「地元の無能な刑事の代わりにご登場ってわけさ。で、さっそく現場を拝見したいわけなんだが」
 その言葉に、男は自分の足元を指差した。視線を落とすと、その辺りの砂利はスコップか何かで掻き出されたかのようになっていた。
「ここが魚市場か」
「ひでぇもんだったぜ。まだ若い女で学校の先生だったんだけどな、両腕両足が全部ぶった切られて『下の方』から腹ん中に詰められてた」
「お気の毒。美人だった?」
 男たちは顔を見合わせ、小さく首を横に振った。
「なるほど、シーシェパードにも連絡入れなきゃな」
「そいつは無駄だぜ。あいつらはイルカとクジラが死んだ時しかおっ勃たねぇからな」
 違いない、と俺は最後に連絡先だけ置いて車へと戻って行った。それからすぐにサミュエルは腕いっぱいの紙袋に昼飯と酒を詰めて戻ってきて、俺は村長の家までの運転を代わることにした。



 村長の家に辿りついたが、しかし一足遅かったようであった。村長とその家族二人は水揚げされた冷凍マグロのようにリビングに並べられ、それぞれ頭が入れ変えられて配置されていた。
 その光景を目の当たりにしたサミュエルは吐瀉物をあたりに撒き散らし、テキーラの一気飲みをして女の気を引こうとした大学生のテーブルのような臭いが部屋に充満した。
「おい馬鹿、サミュエル! 現場汚すな!」
「無理無理無理。俺、死体はダメなんだ。俺のばあちゃんが言ってたんだよ。お前が死体を見るとき、そこで誰かが死んでるって」
「なんで警察官になったんだよお前。つーかお前のばあちゃんってお前が生まれる前に死んだんじゃなかったのかよ」
「ハッパをキメると会いに来るんだよ」
「そりゃお前の方が会いに行ってんだ。いいからしゃきっとしろ。クソ、さっそく地元警察とご対面か。今夜一晩くらいは七面鳥でも食いながらバドワイザーを浴びるように飲んでのんびりできると思ったのによ」
 車まで戻って無線機に手を伸ばすと、ふと背中に視線を感じた気がした。背中に目玉がついていたら振り向かずとも済んだのだが、生憎と目玉は全部で二つしか持ち合わせていないので振り向くと、そこには男の子が一人立っていた。口には大きな渦巻き模様のロリー・ポップ。心なしか、その子供の瞳も渦を巻いている気がする。
「ホーン・リバーに栄光あれ」
 子供が小さく、しかし聴こえるようにそう言った。言葉の意味は判らなかったが、しかしただの子どもでないことは容易に想像がつく。事件にどのように関係しているのかは判らないが、一つだけ判ることがあった。
「あの馬鹿のゲロを処理しないと、面倒なことになるな……」



■  ■



【中略】



■  ■



 弾倉に詰まっていた銃弾は全て異形と化したサミュエルの体に吸い込まれるように命中した。サミュエルの体は久しぶりに火を入れた芝刈り機のように一度だけ飛び跳ね、醜く膨れ上がったその体は欄干を突き破って谷底へと消えた。恐る恐る覗いてみるが、もうその巨体はどこにも見えない。
 終わったのだ。これで全て終わった。ホーン・リバーに渦巻くドワカカ星人の陰謀も、凄惨な生物実験も、全て終わったのだ。
 俺はその場に座り込み、ポケットからアメリカン・スピリットの紙箱を引っ張り出すと、その中から湿気てない紙巻を一本選んで口に咥え、サミュエルから借りたままだったジッポで火を点けた。
 すると、先ほどまでしょっぴかれたチンピラの下っ端のようにダンマリであった無線機にノイズが混じり始めた。恐らく、サミュエルに埋め込まれたコントロール装置が壊れたことで通信妨害が解かれたのだろう。
 俺はこの一本が吸い終わるまではそのことに気付かないふりをしていた。長いこの四日間のことを思い出しながら、どうやってこの一連の事件の説明をするべきなのかと、そればかりを考えていた。



ホーン・リバー ~完~

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称や動詞・助動詞・副詞、言語や元素や物理法則などはすべて架空のものです。なんだかそんな気がします。信じてもらえないかも知れないですが、そんな気がするんです。

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