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読書メモ⑱

『ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったかのか?』ひこ・田中(光文社新書535)

 ゲーム、テレビヒーロー、アニメ、マンガ、児童文学。様々なメディアの子どもの物語の歴史を辿りながら、90年代以降の共通の傾向として、「ヒーローは自身の有り様に自信をなくし、成長の道筋は乱れ、主人公の位置があいまいになり……。これまで子どもの物語を形作っていた様々な要素がほころびを見せ始めているのです。」と指摘されてます。

 大量の作品を取りあげ、紹介しながら制作側の裏話など披露されていて面白いです。テレビ番組でも何でも、製作者側が意図した通りに受け取られはしないって、それが普通なんだって、思っちゃいます。発信してしまえば物語は受け手のものですからね。受け手の数だけ物語がある。とはいえ、ガンダムを卒業できない大人たちが多いというのも……

 この頃のアニメ史を語るのに「ヤマト以前」「ガンダム以降」ってよくいわれますが、著者さんはこれを「ビデオ以前と以後」としていて、なるほどって思いました。
「前者は、お互いの記憶を想像力で埋めながら、その感動を共有するという物語の享受の仕方です。」
「一方、後者は何度でも見直せますから、どこまで詳しく、正しく覚えているかの自慢が中心となり、解釈の違いに重きが置かれません。」
「ですから、『宇宙戦艦ヤマト』をリアル体験しておらず、本格的にアニメに目覚めたのが『ガンダム』である世代と、それ以前の世代とでは、物語の享受の仕方がかなり違ってきています。」
「何が違うかと言えば、旧世代は子ども時代の物語を思い出として語り、『ガンダム』以後の世代はその物語を思い出としてではなく、自分の寄る辺やアイデンティティとして語る傾向があるのです。」(p151より)

 この世代が『新世紀エヴァンゲリオン』を生み出した、ということで。
「『機動戦士ガンダム』には「乗り越えるべき相手、巣立つべき相手」が見つかりませんでしたが、『新世紀エヴァンゲリオン』には、子どもたちをそうした成長のシステムに乗せようという仕草すらなく、社会性を欠いた「大人らしくない」大人たちが、「大人になれ」と言いながら抑圧的に彼らを取り囲んでいるだけです。こうした、全く出口なしの状況を描いた物語が、出口を探すのを放棄するラストではなく、出口を示すラストを用意するのは至難の業です。」(p355より)
 うん。そうだよね……どうなるんでしょうね。

 キャラクターのお話もなるほど、でした。
 例えば、ミッキーマウスは一般的には「キャラクター」と呼ばれてるけど、最近は「キャラ」と「キャラクター」を分けて考えたほうがいいと思われると。つまり、
・キャラとは、成長すると気持ち悪い存在。
・キャラクターとは、成長しないと気持ち悪い存在。
「現代の子どもたちは、生身の自分をさらけ出してコミュニケーションに失敗することをとてもおそれています。」
「そこで、自分をキャラとキャラクターに切り分け、キャラをできるだけデフォルトして特徴づけ、それを自分だとして前面に出し、お互いの立ち位置が変化しないように気を遣います。」
「生き延びるためにはキャラが有効なのは明らかです。キャラクターは自分の根源に触れてしまうのでチェンジすることは容易ではありませんが、キャラだとチェンジが簡単ですから」(p138より)
 なーるーほーどー。今、物語においても「キャラクターの成長」より「キャラの安定性」が求められてるのは明らかですものね。登場人物の成長の機微を「キャラのブレ」とか指摘されちゃうのですもんね(ぐちぐち)

 その他、そうだよねーと拍手喝さいの指摘が多くて。
 制作陣が男性であった為にパンツを見せなくてはならなかった初期の魔法少女たちの正統な子孫たちは、インデックスやナギであるということ。ここでは、
「思春期以降の男の子向けの、女の子が活躍するアニメの多くは、現在、様々な「安全・安心」を提供しています。」
「こうした、お気楽な設定は、物語がかつてほど自律した強度を持たず、享受者の要求のままに展開してしまう昨今の状況をそのまま反映しています。」(p226)
 そして、正真正銘、女の子のための物語では、
「現代の女の子の物語はもう、パンツを見せたり、太もももあらわなレオタード姿になったりしません。戦うために変身はしますが、スカートの下はレギンスで決めています。」(p234)
 そーだ、そーだ。女の子キャラはパンツを見せるためにいるんじゃないぞ、バーロー!!(どこの酔っ払いだ)

 先達の男性作家たちによるマンガと自身のズレとを修正することから起こった少女漫画の快進撃、少女向けでは一流の出版社だった集英社からのジャンプの創刊。そのアンケート人気至上主義は諸刃であり、物語の特徴や優位性を後退させたと。

 そのほか様々な作品をテキストに物語の変化が解説される中で「なぜ成長を描かなくなったのか?」の原因らしきものが散見されるのですけど、著者さんは最後に明確に述べられてます。
「理由は誰もが指摘するように明らかだと思われます。情報量の増大と、それへのアクセス方法の簡易化による、大人と子どもの差異の減少です。差異が見えにくくなってきていますから、大人は必ずしも将来の目標とはなり得ないのです。」(p358)
「もっともこうした事態は何もインターネットやケータイの普及によって始まったのではありません。」
「大人と子どもの差異の減少化は近代社会そのものに予め組み込まれているのです。」(p361)
 この近代社会の課題について著者さんは前向きに考えられてます。

 また、あとがきでは校了後に起きた震災の影響について触れてます。
「早くて一〇年後に生まれてくるこの国の子どもの物語は、震災前に知っていた現実より幅の広い現実、今までファンタジー作品でしかお目にかかれなかった風景を現実として子ども時代に見た人たちが描きますから、リアルの幅が変わってくると思います。つまり、ファンタジーは描きにくくなり、これまでファンタジーの範疇でしか描かれなかった素材や展開が当たり前のようにリアルに出てくる可能性があります。
 人間には物語が必要です。ですから、もしファンタジーが描きにくくなっても、そうしたリアルな物語は、リアルな現実を物語の側から見直したり、現実から一時待避したりするのに相変わらず役立つはずです。」

 今後どんな新しい物語が生み出されるのか、楽しみに待ちたいですね。

19件のコメント

  • おもしろーい!

    「ビデオ以前と以後」は、実感としてよく分かります。子供の頃、まだビデオなんてなかった頃に見た好きなアニメって、記憶の中で何度も再生して、すごく大事にしてた気がします。心の中にきちんと根を下ろしているというか。もしかしたら勝手に補完してたりしたかもしれませんけど、それは決して無駄じゃない気がするんです。でも今はネットを探せばどんなコンテンツも必ずありますからね。

    ただ、私は「エヴァンゲリオン」は一応彼ら(作り手たち)なりに成長を描いていると思っています。その中身は、それまでの物語が扱う成長というものとは少し意味合いが違っているかもしれませんけど。

    キャラとキャラクターの違いは、私も、なーるーほーどー、です。これ、大きな違いです。たぶんここの違いをはっきりと認識していないと、物語を提供する側とされる側とで大きな食い違いが起こりそう。奈月さんの(ぐちぐち)も、さもありなん、です。

    でも、そうやって変容していく物語に対して、かつての物語の在り方が当たり前だと思っている私たちはどうすればいいのでしょう?

    著者さんは前向きに考えてられるみたいですけど。気になるので、とりあえず、私も読んでみます。

    あと、「震災の影響」も興味深いです。確かに、震災以降の子供たちは私たちとは明らかに違ったリアルを生きているはずですよね。そのリアルの幅はどれくらいなのか、私も気になります。

    >人間には物語が必要です。ですから、もしファンタジーが描きにくくなっても、そうしたリアルな物語は、リアルな現実を物語の側から見直したり、現実から一時待避したりするのに相変わらず役立つはずです。
    ここ、ちょっと「さよラノ」で考えていたことにも通じる気がして、ふむふむです。ファンタジーが描きにくくなった世界で、どんな物語が生まれていくのか、私も楽しみに待とうと思います。それとやっぱり、自分が書ける物語を書き続けていきたいです。

    今回も面白かったです。ありがとうございました!
  •  リアルタイムの視聴って一期一会だったよねー。再放送があまりない映画なんかだと特に。夏休みの変な時間帯にたまたまテレビつけて、あれ、こんなのやってる! みたいな。ワタシそうやって『アリオン』を観てめっちゃ美化して覚えてました。

     イマドキの子はすぐに「ビデオ録ってー」って言うのよ。リアルタイムでも観ながら、見返すかどうか分からないくせに。何度も観れるって思うと集中しなくなっちゃうよね。大人もそうだもん、いかんよね。(撮影にばかり夢中でリアルタイムで目に焼き付けるってしない。これも想像力退化に関係ありそうね。イマジネーションの素を受け止めないってことなのだから。)
     まあ、そこは魅力のある作品なら、子どもは何度だって食い入るように観てるのだけど。

     エヴァについては、著者さんは完成してないからこれ以上の言及は避けるって感じでした。完結するって大事ね。

     いつものことだけど、この一冊を網羅して紹介できてはいないの。ぜひ読んでみて欲しいです。
    「大人と子どもの差異の減少化」って簡単に抜き出しちゃったけど、前提として「近代社会が、何故大人へと成長しなければならないのか? という理由をスキップしたまま今日まで至っている」って問題があるって。
     この問題難しい。大人ってなんだろう? 私には答えは見えない。「大人になりたくない」「大人にならなくてもいい」って自由があっていいのだよね、もちろん。
     でも、自分は子どもだって思ってる大人はいてもいいけど、自分は大人だと思ってる子どもの存在は問題だよな、とか。いろいろ考えちゃいます。
  • 奈月さま

    そうそう。テレビでやってる映画とか、まさにそんな感じでした。夏休みの午前中とかね。あったなー。あと、昔、24時間テレビの中で手塚治虫原作のアニメを毎年やってて、むっちゃ集中して見てたなーと今思い出しました。

    いやでも、私もついついリアルタイムで見てても録画しちゃいます。ほとんど見返さないのにね。見返す作品なんて、ほんと限られてるのに。撮影にばかり夢中に……って、これもついやってしまいがちだけど、本末転倒だよね。

    >何故大人へと成長しなければならないのか?
    ううう。難しい……。そうですよね、そもそも「大人」が意味するところがあいまいで、文脈やシチュエーションによって「大人」がどういうものを指すのかが常に揺らいでいる気がします。人によっても。ほんと、大人ってなんでしょう。

    ただ、正直言って、私はこれまで自分が大人だって思ったことなんて一度もないです。たまにそれがものすごく恥ずかしく感じてしまうことがあります。実はこのあたりの感覚って、自分が物を創りだす際の、ひとつの大きな根っこみたいなものに関係している気がずーっとしているんです。うまく言えないんですけど。んーと……。

    ま、また来ます!
  • こんにちは。

    ヤマト以前とガンダム以降。
    確かに確かに。
    私の高校時代の友人が、今時のオタクのことを新世代オタク、自分のことを旧時代オタクと称していたんですが、まさにそういうことを言ってたような気がします。

    とにかく知識として正しく詰め込むことが作品への愛になってるんですよね。
    それが悪いこととは私は思わないんですが、自分の解釈を膨らませて独自の理解を示すっていうのが、昔ながらのオタクなのかもしれません。
    古典の註釈する人とかもそうですよね。

    そういう意味では現代の二次創作市場は回帰的な場なのかな、と思ったりもして。


    キャラとキャラクターの違いはいち創作者としてタメになりますね。
    確かに、キャラとしての安定感があったほうが書きやすいですしね。こればっかりは一概に良い悪いと決めつけられないかも。


    大人か……(遠い目)
    とにかく、年齢的な意味での子供から見られて「ああはなるまい」と思われないようにしたいとは、常日頃から心掛けています。出来てるかどうかは……。
    誰か教えて……いや、教えなくていい。理想はいつだって、自分の胸の中にいる!(>_<)
    なんちゃって
  • Han Luさま

     火の鳥鳳凰編は子ども心に衝撃でしたー。『火の鳥』ってタイトルしか覚えてなくて、もう一度見たい、もう一度見たいってずうっと思ってたっけ。
     ああいう物語を書きたいものだよ。

     大人ってなんだろうね。私は、自分の行動に責任を持つのが大人、って漠然と思ってたのだけど、ニュアンスが別な気がするし。シチュエーションとか、何かと相対的に見ての返答しかできない気がします。
     大人だって決して完成されてるわけじゃなし。難しいねえ。


    lagerさま

     解釈の幅があるから楽しいのが二次創作だからねー。それこそキャラの髪色だって。
     そういえば、私が同人誌時代(20年前ね)ファンしてたDB作家さんが「ドラゴンボールは悟空の子ども時代で終わらせておくべきだった」って論調荒く語ってて、当時はなるほどーなんて聞いてたのだけど、業界の事情が分かってしまうと、鳥山明は終わらせたくてもできなかったのだなーと。プロって哀しいね。
     その論旨がね、あれはブルマが理想の恋人を見つける物語であって、神龍に願うまでもなく出会うことができた(ヤムチャね)青い鳥型のお話だって。それできれいに終わってた、悟空はあくまで旅のお供なのね。その天真爛漫で男女の区別も分からんかった悟空が成長して子どもを作るとは物語として破綻してるって。

     これ、まさにキャラとキャラクターの違いじゃないかって今思いました。この人は悟空をキャラとして捉えていたから成長が受け入れられなかった(成長が必要だったのはブルマとヤムチャ)。
     そして、ブレないキャラを押し通して成功してるのがルフィなんでないかい? ワンピースって最終的な目的がブレない限り冒険を続けられる。メモで紹介した本の中でも、ルフィは最初から成長がないから(これも反論があるとこだろうけど)勢いが衰えないって分析されてたっけ。

     っていうふうに、物語によって、ブレないキャラが必要か、あるいは成長するキャラクターが必要か(or邪魔になるのか)変わってくるのだろうな。意識して書けるかどうか分からんけど( ̄▽ ̄;)

     そうなんだよねええ。要はさ、こういう人になりたいって思える理想の大人がいないから、子どもが大人になれないんじゃ……とも考えてしまってー。いやいや、そんなことないって思いたいけど。子どもから見たカッコいい大人って子ども目線で見てでしかないしねー。うーん、難しいね。
     誰もが理想を胸に持てれば良いのですけど(^-^;
  • 久しぶりに乱入するのでありますが。


    とある方のとある物語を読んで、面白かったのでレビュー書いたりしてたら、作者さまのレビューに気づきまして。
    そこに『花ゆめ』あたりの云々ということが書かれてありまして。

    私はその物語の応援コメに、誰かにお花が散ってる少女漫画もしくはパタリロみたいな絵柄(おなじか)で少女漫画にして欲しいなーとか書いておりまして。


    『花ゆめ』の世界を感じた方がいらしたことに、私は妙に嬉しさを感じているのであります。



    副総裁さまとビアンカちゃんとノリツッコミの激しい王妃さまの物語です。
    ひょっとしたら作者さまの書かれた何かでたどり着いた物語だったように思います。

    大変失礼をいたしましたm(_ _)m
  •  わーい、お元気でしたか? お見かけしないので心配でしたよ。いえ、我が家ではダンナが仕事中もらわれ事故したりとバタバタだったので。嫌ですねえ、事故。
    (ついさっきも地震速報があって、避難の準備したりしましたが、津波は大丈夫みたいです。 ホッ)


     あの王国のお話ですね! わたしは甘々は苦手ですけど、あれは美味しくいただけました(笑)
     にしても、kobuupapaさまは守備範囲が広くていらっしゃる(^-^;
  • 今日は天気のせいかあちこちで事故の多い日でした。旦那さま、恐らくはご無事のようでなにより。
    もらい事故は避けようがないので困ります。
    私も2回ほど食らったことがあります。
    アムロなら「後ろにも目をつけるんだ!」とか言うんでしょうがねー(>_<)


    さてさて『花ゆめ』は、私が高校時代に付き合っていた女の子が愛読していたため、色々と覚えております。
    もっとコアなLaLaとかも。

    『南京ロードに花吹雪』とか『黒の悶々組』とか『日出処の天子』とか色々読まされましたっけ。
  • 相手はおじいちゃんで、意識をなくして横から突っ込んできたらしく。俺の荷台に当たって停まったから、他の車が巻き込まれずにすんだーなんて言ってましたけどね(汗
    打ち身ですんで幸いでしたー。


    うちの高校でもクラスの女子のほとんどは花ゆめとLaLa読んでましたっけ。授業中読みやすいよう、雑誌を薄く切り分ける強者も(マジで)

    ぼくの地球を守ってとか、マニアックなとこでは河惚益巳とか。LaLaだと、清水玲子とか樹なつみとかー。最盛期だったのじゃって思います、当時。

    マンガ文庫がぼんぼん出始めた頃で、でも日出処の天子はちゃんとコミックスで読みましたっけー。面白かったー。
    骨太でストーリーに厚みのある少女マンガが多かったと思います。当時。
  • 奈月さま

    『火の鳥 鳳凰編』は確か映画ですよね。『火の鳥』は一時期漫画でハマってしまい、全巻読みました。年を重ねるにつれて、手塚治虫先生の凄さをひしひしと感じます。

    『僕の地球を守って』! なつかしー! すみません、横から。むっちゃ好きでした(はっ、そういえばこれ、転生モノだ。異世界じゃないけど)。あと、清水玲子さんも。『月の子』とか『輝夜姫』とかだんだん長編中心になっていきましたけど、初期のSF短編が好きで、今でも忘れられないのが『ノアの宇宙船』っていうお話です。日渡さんと清水さんは、ストーリーテリングの部分ですごく影響を受けていると思います。

    でも実は、どちらかというと、りぼん、別マ、ぶ~け系の作家の人たちが好きで。くらもちふさこさん、岩舘真理子さんは今でもたまに読み返します。

    でもでも、『日出処の天子』はちゃんと読んでます。山岸涼子さんは怖い話がガチで怖くて、思い出すだけで背筋が凍ります。未だ連載書いてるのがすごいですよね。
  • あー、『エイリアン通り』が好きだったの忘れてたー。ラノベの主人公も真っ青なほどのスーパーハイスペックな王子さまだったなあシャールくんは。

    別マといえば、『いらかの波』とか読んだ気がしますー。

    鳳凰編って仏師の話ですよねー。
    輪廻転成の中で2度と人に生まれ変わることはないと宣言されてしまったやつ。
    人の欲と妬みは恐ろしいものです。
  •  ぼく球おもしろかったねー。OVAの出来も素晴らしかったー。一話目ラスト、輪くんの「東京タワー、あれ、僕にくれない?」からのEDの入りには鳥肌たちました!

     ぼく球が流行った時、転生を信じて自殺する若者が増える、みたいな批判が新聞に出てさ。コバルト文庫やホワイトハートでファンタジーが席捲しだした時にも、今の若者はファンタジーに逃げるのか、みたいな批評が新聞に出てたから、大人は若者文化に対して何でも文句を言うんだなーなんて当時は思っていたものだけど(^-^;

     前世占いなんかも流行ったじゃない? 『東京BABYLON』でも自分の前世は勇者だ、なんて信じてる女の子たちの話があったし、『十二国記』アニメ版の杉本もそういうキャラだったよねー。あの頃は、自分の価値を前世に求めてたってことかな?
     現世で過去の能力に覚醒するのと、異世界でヒャッハーするのと。どっちがより現実的なんだろう? うーむ。

     清水玲子はSFの人だよね。私はジャック&エレナだなあ。『竜の眠る星』は号泣でした。あの女王様みたいなキャラ、書きたいなあ。

     私、小学生の頃はりぼん派だったけど、中学でウィングスとサウスに流れちゃって、その後白泉社系に行っちゃったから、ぶ~けの思い出はあんまりで。ぶ~けって、おしゃれ~なイメージだから、Han Luさんが好きっていうの、納得だわー。
     榛野 なな恵『Papa told me』とか逢坂みえことかヤングユーは読んでたのにー。あ、でも『永遠の野原』はぶ~けだった? 私これ、太くんが好きで好きで。マリコが嫌いで嫌いで(コラ)。 ひとみ頑張れーって感じでした。


    『エイリアン通り』と『CIPHER』はザ成田美名子。ザ少女漫画って感じですよねー。ラノベも真っ青なキャラでちゃんとしたストーリー。

    『いらかの波』。これは読んだことないです。この頃の作家さんのでもりぼん系の陸奥A子や太刀掛秀子は読んでますけど。『ひとつの花もきみに』なんて泣けて泣けて~。こんなお話書きたいなあ(こんなんばっか)。

     鳳凰編はまさに因果の物語ですよねえ。足るを知る者と強欲に囚われた者との対比って普遍的なテーマですよね。こういうお話……(もういい)
  • >ぼく球が流行った時、転生を信じて自殺する若者が増える、みたいな批判が新聞に出て
    ありましたね、そんなこと。確か、自分も前世の記憶があって仲間を探してる的な子たちがたくさん出てきてちょっと話題になってましたよね。でも当時はまだネットがなかったのに、何をベースにしてたんだっけ? 雑誌?

    実は私この頃アニメをほとんど見てなくて、OVA未見なんです。今見たらどうなのかなー。

    今さらながらですけど、タイトルが素晴らしいですよね。こんなタイトルつけたい。あと、原作では『流浪の民』をモチーフにしていて、かっこいいなーと思ってました。

    >現世で過去の能力に覚醒するのと、異世界でヒャッハーするのと。どっちがより現実的なんだろう?
    うーむ、ですよね。私はでもやっぱり、この世界で、前世の記憶が覚醒する方が現実的だと思います。だって、前世が宇宙人でも舞台は現実ですもん。 

    『永遠の野原』、ぶ~けですね。太くん好き好きでしたか。なるほど。『Papa told me』も懐かしい。ヤングユーも好き。ぶ~け、ヤングユーはセンスのいい書き手さんがたくさんいて、皆さん特徴的で。松苗あけみさんの男の子の膝とか、山下和美さんの男の人の骨ばった手とか、吉野朔美さんの輪郭とか、小椋冬美さんの女の子のぼてっとした唇とか……。

    もちろん絵だけじゃなくて、お話も上手かった。マイナーだけど清原なつのさんとか。私もこういうお話作りたいなーと何度思ったことか。若い頃に読んだものって、たぶん血肉になってますよね。
  • >何をベースに
     作中と同じで雑誌の交流コーナーだよね。「~が好きな人、友達になりましょう」とかって。
     そういえば『星の瞳のシルエット』の真似でラジオに「ススキ野原の男の子へ ほしのかけらの女の子より」って投稿するのがチラホラと……。ワタシ一度だけ実際に聴いて、ほんとにやってる……ってびっくりしたっけ。
     当時は限られたメディアでだったから、そこまで衆目に曝されちゃうこともなく平和に済んだのだよねーきっと。

    >前世が宇宙人でも舞台は現実
     そうだよねー。それに輪廻転生って少なくとも実際の宗教哲学に即してるし。異世界は発想がもう逃避なのだよね……


     太くんはあ、二太郎好き好きなとこが可愛いくてのう(爆)

     私は、私はあ、樹なつみの男の子キャラの体の線にはあはあ……いや違う! 参考にしてたですよ! 首から肩のラインとか、腕の筋とか、服の皺とか!!(何のフェチだ) 「八雲立つ」で剡弐がすぐだらーっとした格好するのとか、男の子ってこうだよなーと、マジで参考になりました。

     清原なつのといえば「花図鑑」だろうけど、私は「飛鳥昔語り」だなー。時代物おもしろかったです。っていうか、この人作風が広いよね。
  • 奈月さま

    ああ、そうか。雑誌の交流コーナーか。そういえば、作中でも最初そうやって探してましたね。すっかり忘れてた。

    >二太郎好き好きなとこが
    はい。そうだと思ってました。うふふ。

    そうなんですよ。その作家さんによって、なんかこう、ここっ、ていうフェチな部分があるんですよねー。私も絵が描けたらぜったい真似してたと思います。

    清原なつのさん、幅広かったー。私はSFが好きだったけど、歴史物もよかった。ちょっと後のほうだけど、私は『光の回廊』っていう奈良時代のお話が好きでした。なんか、むっちゃ読みたくなってきたー。
  • こんばんは!

    ちょっと楽しそうなテーマでしたので書き込みに来ました!
    成長というテーマ、私も物語の中にはこれを入れたいなぁとは思ってます。しかし取り上げられているように、明確なゴール的なものがぶれて、差異がよくわからなくなっている、というのは感じますね。

    年齢的に大人になっても子供じみた悩みはあるものだし、例えば会社に入ったところでいじめとかセクハラとかパワハラとか、言ってみれば子供時代の延長みたいな嫌なことは続いてますしね。
    そういうのが見えてくるにしたがって、大人というものに漠然と抱いていた幻想が壊れてきているのかな、とも思います。

    同時に子供が早くそれに気づくことで、大人じみているというのもあるかもしれないですよね。人生ってこんなもんだ、社会ってこんなもんだ、と達観するような早熟な子供も増えてると思うんですよね。

    まぁ私も小さい頃は子供と大人ってよく分からないれど境界線じみたものがあったような気がしたものです。でもいざその年齢になると、その境界線を意識した、超えたという認識はなかったですね……

    なんてことを思いました!

    ということでまた!

    そうそう、先日は私の作品お読みいただき、ありがとうございました!
    長かったのでお時間取らせたと思いますが、感謝の気持ちで一杯です!
  •  いらしてくださってありがとうございます。

     私も物語るうえで登場人物の成長(変化)は欠かせないと思うのですけど、それをブレとか受け取られてしまうとなると、うーん……です。

     悟り世代と呼ばれる通り、堅実で冒険を嫌う子どもたちから見れば、一獲千金のバブル世代以上は馬鹿っぽく見えるのかしら~なんて思えてしまったり(^-^; そんな社会を目の当たりにさせてしまった当時の大人の責任なのですけどね。
     共感と友だちの輪を大事にするため、周りに気遣っているからこそ、ブレない(成長が必要ないほど完成されてる、と思える)キャラに憧れを抱くのかなーとか。


    『アトランティスのつまようじ』面白かったです!

     最近、「本当に主張したいことはチョコレートでコーティングしろ」みたいな格言を目にして、なるほどーって思ってたところで。
     重いテーマを前面に出しても、啓蒙するべき無関心な層には見向きもされない。楽しさ、面白さの中に上手く混ぜ込んでそういう人たちに気付かせるのが、エンターテイメントの力なんじゃないかって考えながら拝読しました。(ちなみに、私が政治に関心を持つことの大事さに気付いたのは『銀河英雄伝説』ででした。)

     なんてことを抜きにしても面白かったです。過去と未来が円環を成す見事なストーリー。キャラクターもみんな良かったです。虎子が人気みたいですが女性陣みんな捨てがたい~。男性キャラなら龍次かなー(タイガー&ドラゴンな姉弟……)。一くんも好き♡(おいおい)

     楽しませていただきました。ありがとうございました。
  • 物語でキャラクターが成長しないでどうするのですかっ!

    『ブレ』?
    人はブレてブレて成長していくものだと思ってます☆

    それでブレなくなった、正確にいうと『ブレる必要がなくなった』人の事を、『(個人の目指す理想という意味で)大人』と呼ぶべきではないかな、と?

    だとすれば、ほとんどの人は子供のまま(自分の理想にはなれないまま)、一生を終えるのではないでしょうか?

    でも、ポジティブに考えると、それは『一生成長期』ってこと。

    完成しなくていい♪一生成長を続けていきたい♡

    取り敢えず、『ラブコメ』を書けるようになりたい♪『ラブコメの魔女』と崇められるようになりたいっ♪今は『ラブコメ』を全く書けませんが★

    最後に、『魔女っ子★ゆき』は完全にキャラです☆
    私本人とは性格とか全く違います。
    キャラコンセプトは、『ウザ可愛いで、グイグイ攻める♪でも、相手に嫌がられたら控える』って感じ?。

    現実の本体の私は、『完璧に完成された絶望的なコミュ障』で、仕事に関係あること以外は、『おはようございます』、『お疲れさまです』くらいしか話さない★

    でも、小説書く能力だけ成長してくれたら良いのですよっ♡
  • >物語でキャラクターが成長しないでどうするのですかっ!

     そうなんです、私もそう思います。

    >『ブレる必要がなくなった』人の事を、『(個人の目指す理想という意味で)大人』と呼ぶべきではないかな

     おっしゃる通りだと~。すごい、明確ですね。
     そうですね、何事もポジとネガがありますから、前向きに捉えるなら一生成長できるってことなのですね。

     ネットの世界にいると、キャラ付けって大切だと思います。私は躓いちゃってるからな~。うーん、私のキャラってなんだろう(笑)
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