年の瀬にまつわる非限定SSとなります。時系列としては新たに立ち上げる第三章での出来事に当たります。
なお、『トマト畑』でも年末年始をテーマにして「カウントダウンパーティー」を三日連続で本編に投稿しています。もしよかったらそちらもお読みくださいませ。
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年の瀬も迫ってきたとあって、リンム・ゼロガードはいつもの『初心者の森』ではなく、教会付きの孤児院にやって来ていた。大掃除《・・・》を手伝う為だ。
とはいえ、掃除や洗濯などは今の子供たちが担うべきで、リンムも普段は手伝いなど、なるべく余計なことはしないのだが……今年は法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルが教会に宿泊している。
ひょんなことからリンムはティナの守護騎士になってしまった為、女司祭マリア・プリエステスや神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトが忙しくて護衛出来ないときには、こうやってリンムがティナのそばにつく。
今日だってマリアやスーシーに頼まれてやって来たわけだが――
「ふむん。門扉の裏に三人ほどの子供が隠れているな」
リンムはすぐに看破した。
最近、ティナの凶行のおかげでスキル『心眼』が『明鏡止水』に成長したばかりだが、それが早速役立った格好だ。
リンムが孤児院にやって来ると、こうして子供たちが悪戯を仕掛けてくる。「わっ!」と驚かせたり、扉の上に何か物を挟んで落としたりするくらいなら可愛いものだが……「やあっ!」とリンムの膝を蹴ったり、倒れ込んだリンムの頭を毟《むし》るのは止めてほしいところだ……
何にしても、リンムがそんな子供たち三人の攻撃をひょいとかわして、
「ふふ。まだまだだな」
と、背中を見せつつ余裕ぶったときだった。
リンムのスキル『明鏡止水』が危険を察知したのだ。リンムは咄嗟に前庭を鋭く見回した。
どうやら木陰に潜んでリンムを狙う者がいるようだ――よりによって王国の現役Aランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーだ。双鋏を左腕に乗せてボウガンみたいに石礫を発射しようとしていた。
「お前さんは俺を殺すつもりか?」
「いやあ……さすが親父だな。完璧に隠れていたのに、こうもあっけなくバレるとはさ」
もっとも、リンムの背中には冷や汗が垂れていた……
ティナのおかげで危機察知のスキルが成長していなかったらやられていたかもしれない。さすがは最高峰の冒険者か……
そのアルトゥはというと、子供たちに「ほれ、お前たち、解散だ」と言って、前庭の掃除当番に戻らせた。どうやら今回の門扉から始まった襲撃はアルトゥが首謀したものだったようだ。
ここらへんのやんちゃぶりは小さな頃から全くもって変わらないから困ったものだ。
「ところで、アルトゥよ」
「何だい、親父?」
「今日はスーシーに頼まれて来たんだ。大掃除《・・・》を手伝ってほしいとな」
「はあ? そんなの、子供《ちび》たちにやらせればいいだろ? あたいが子供《ガキ》の頃だって、親父は全く手伝っていなかったろうに?」
アルトゥがそう言って、「やれやれ」と肩をすくめてみせると、リンムは「いいや」と頭を横に振った。
「大掃除とは――お前さんたちのことだ」
「はあ?」
「スーシーからは、アルトゥとシイティが子供たちを扇動して掃除や洗濯をやらせないから司祭様がほとほと困っている、と聞いている」
「…………」
思い当たる節があるのか、アルトゥはすぐに無言になった。
ちなみに、アルトゥも、A※ランク冒険者のシイティも、この孤児院に寝泊まりしている。当初は宿屋に部屋を取るつもりだったが、王国の第四王子フーリンがまだ王都に帰っていないことで、一緒に付いてきた領主までイナカーンの街に滞在中だ。
付き従ってきた騎士たちは何とか神聖騎士団の詰め所に押し込んだが、彼らを補佐する使用人たちまではさすがに泊れず、結果として宿屋がぱんぱんになってしまった。
数日ほどは二人も、冒険者ギルドの受付嬢パイ・トレランスの家に転がり込んだようだが……
さすがに第四王子フーリンがいるせいで、ギルドの仕事が無駄に溢れて忙殺されているパイにずっと世話になるわけにもいかず、当面は孤児院に甘えることになった次第だ。
「それなのに……お前さんたちはというと、子供たちに悪影響を及ぼしているときたものだ」
リンムがそう嘆くと、アルトゥは下唇をつんと突き出した。
「ちげえよ。糞姉がそんなふうに言っているだけだってば。誤解だよ」
「糞……だと?」
「スーシーお姉様!」
「よろしい」
何にせよ、スーシーとアルトゥの見解に齟齬《そご》があるならば、どちらが正しいのか確認しなくてはいけないということで、リンムは早速、孤児院に入った。
直後だ。女の子たちがいきなり、しなを作って、リンムにわらわらと寄って来た。
「リンムおじさん……」
「今日もとっても素敵ですね……」
「加齢臭が何だかほっこりとして、眉間の皺も彫像のように美しいわ……」
「おじさんのお嫁さんになりたい……」
リンムは「はあ」と額に片手をやった。
「シイティ……そこの角に隠れているな?」
「あら、バレちゃった。さすがはお義父様ですわ。ね? 皆さん、リンム義父様は凄い方でしょう?」
シイティがそう言ったとたん、女の子たちは「きゃあ」と嬌声を上げた。
どうやら詐術までは使っていないようだが、シイティの巧みな話術によって、いつの間にか、リンムは神様以上に崇拝する対象になってしまったらしい……
おかげで孤児院の掃除をするよりも、リンムをきれいに磨こうとするものだから、さすがにリンムも怒るよりも先にまた「はあ」とため息をつくしかなかった。というか、頭皮をごしごしと磨くのだけは本当に止めてほしい……
ともあれ、リンムは子供たちに仕事に戻らせて、アルトゥとシイティを教会の礼拝堂に座らせた。
「お前さんたちがここの孤児院を出てから、どれぐらいが経った?」
リンムがそう尋ねると、二人は互いに視線をちらちらとやりつつ渋々と答えた。
「えっと……十年くらいか?」
「違いますわ。お姉様が七年、私が八年ですわ」
「そうだな。二人とも、今では立派な冒険者だ。パイやスーシーがやっているように司祭のマリア様と協力して、子供たちをきちんと導かなくてはいけない立場だ。そもそも、忘れたわけじゃないだろう?」
リンムがそこでいったん言葉を切って、アルトゥとシイティをじっと見つめた。
「お前さんたちの代にはパイがいて、受付嬢になった後もちょくちょくと世話をしてくれたから、子供たちもしっかりと育っていった」
その言葉を聞いて、二人はしゅんとなった。
たしかに子供たちの世話をするべき年長組だった頃の二人はパイに頼りきりだった。
「……分かってるよ。そんくらいさあ」
「申し訳ございません。何だか懐かしくて、図に乗ってしまいました」
リンムは小さく息をついて、二人の肩にぽんと手を乗せた。
「ならば、今度はお前さんたちがパイのように導いてやりなさい」
そう言って、リンムは二人を立たせて、その背中をまたぽんと押してやった。
スーシー同様に、アルトゥも、シイティも、この孤児院の子供たちにとっては立身出世の代名詞だ。今度こそ、二人に導かれて、子供たちは年の瀬にやるべきことをしっかりと担ってくれるだろう……
「はて……そういえば、何か忘れているような気もするが?」
二人の背中を見送ってから、リンムはふと首を傾げた。
今日、孤児院を訪れたのは大掃除の為だったが……もう一つ、大切な職務があった気がしたからだ。
「まあ……いいか」
リンムは掃除や洗濯などを終えた子供たちの為に美味しいものでも作ろうかと調理場に向かった。
一方で、礼拝堂の祭壇には女司祭マリアによってこれ以上余計なことをしないようにと、猿轡を噛まされて、しっかりと磔にされて四肢を縛られている――聖女がいたのだった。
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礼拝堂での一幕です――
「お前さんたちがここの孤児院を出てからどれぐらいが経った?」
「んー、んぐんぐ(おじ様、助けて!)」
リンムの質問の後に、アルトゥとシイティは視線をちらちらと交わしたわけですが、リンムの背後で猿轡かつ磔にされている人物を見て、困惑していたのは言うに及びません。
今年も残りわずかとなりましたが、良い年をお過ごしくださいませ。