クリスマスにまつわる非限定SSとなります。本当は一本で締めたかったのですが、存外に長くなってしまったので……まあ、明日もまだクリスマスですし、「本編も休載します」と告知しちゃいましたし、前後半に分けて二日連続の投稿となります。
それはともかく、時系列としてはまだ第二章「渦中の街 イナカーン」内に当たります。次の年末年始をテーマにしたSSから四姉妹全員登場のものになるので、スーシーやティナが中心の話は今回までです。
なお、『トマト畑』でもすでに同じテーマで「クリスマスデート」を三日連続で本編に投稿済みです。いつものように『おっさん』と『トマト畑』のSSはネタ的にリンクしていますので、もしよかったらそちらもお読みくださいませ。
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「おーじ様、おはようございます」
とん、とん、という淑やかなノックの音と共に――
爽やかな声が扉超しに聞こえてきた。法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルだ。
どうやら朝早くからリンム・ゼロガードの家にまた甲斐々々しく通ってきたらしい。何だか既視感があるなとリンム・ゼロガードも注意しつつも、さすがにこれほど寒くなってくれば真っ裸ではあるまいと……
……思いつつも、最近、ティナの様々な凶行のおかげで『心眼』から『明鏡止水』にまで成長したスキルでもって外の気配を探った――
「うむ。さすがに外套を纏っているな。その下も……どうやら裸ではないようだ。よかった」
「おじ様?」
「あ、ああ……おはよう、ティナ。すぐに開けるよ」
玄関先には外套をさっさと脱いで、家に上がる気満々の冒険者風の軽装をしたティナが立っていた。
もっとも、ティナは赤いロングマフラーを胸もとにプレゼントリボンみたいに巻いていた。リンムはちょっとばかし嫌な予感がした。実際に、ティナは外套を掛けて、家に上がるや否やこう言い切った。
「メリークリスマス、おじ様! それでは早速ですが……プレゼントは私《わたくし》です。さあ、ベッドで|ぱこぱこ《・・・・》いたしましょう!」
「……は?」
ちなみに今日はティナが語ったようにクリスマス――
この大陸ではなぜかクリスマスは恋人と|ぱこぱこ《・・・・》する日として伝わっている。もちろん、本土《・・》から輸入された文化だ。
誤解を避ける為に説明すると、本土だって馬鹿じゃない。もとはきちんと家族で静かに過ごして、贈り物を交換する年間行事として長らく受け継いできた。
だが、とある魔王国が新興宗教を立ち上げる際にその文化を変容させて、どこぞの島国の習慣を取り入れたことで、よりにもよってクリスマスをぱこぱこする日として定めてしまった。結果、陽気な冒険者たちがこの大陸に漂着したとき、「うぇーい」と、最悪なものを持ち込んだ。
ただ、さすがに良識人は死滅していなかった。特に、聖職者たちがもとのクリスマスの習慣を法国に根付かせて、教会や孤児院などを各国で運営することによって、近年ではさすがに――
「ぱこぱこする日って……野生の猿じゃあるまいし、やっぱおかしくね?」
と、王国でも疑問を持つぐらいにはなってきている。
そもそも、リンムはそんな孤児院の出身だ。ぱこぱこなぞ、もっての他だ。
何より、ティナは聖職者の総本山たる法国の第七聖女だ。本来ならば、淑やかに子供たちに読み聞かせなどをして奉仕活動すべき存在だ。
それなのに、今、当のティナはというと――
「さあ、ぱこぱこですわ! 今日の為に私も勝負パンツを選りすぐって……結局のところ、何も履かないという禁断の下着を身につけてきました!」
意味不明なことを言って、一気に脱ぎだす始末である。
そして、まさにかえるジャンプをして、ぴょーんと、リンムに飛び掛かろうとした瞬間だ。
ティナの淫獣が如き急襲を防ぐ者がいた――リンムのすぐ前に躍り出て、聖盾をしっかりと構えたのは神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトだ。
「スーシー!」
「ティナ! やっぱりここに来たわね」
「ちぇ。完璧に撒《ま》いたと思っていたのに……やっぱりバレバレだったかあ」
「そんなことより、さっさと服を着なさい」
もちろん、リンムは律儀に目をつぶっている。
脱ぐときにはすぽーんと一気にいったものだが、着るときの方が衣擦れの音が妙に気になるのだから不思議なものだ。
それはさておき、ティナもさすがにただの尻軽ではなかった。スーシーが潜んでいることくらいお見通しで、シャツを羽織ったタイミングで、「隙あり!」と、闇魔術を展開したのだ。
どうやらシャツの胸ポケットに魔導具をしのびこませていたらしい――『睡眠』の香が出るものだ。
ティナはそれを思い切り、スーシーに向けて振りかけた。
当然、スーシーは『王国の盾』であって、優秀な状態異常耐性を幾つも有している。だが、この日、スーシーは孤児院で子供たちと一緒に過ごす為に、溜まりにたまっていた事務仕事を猛烈にこなして、睡眠がろくに取れない日々を過ごしてきた。
スーシーとよく一緒にいたティナはそのことをよく知っていたので、そんなスーシーの隙を見事に突いた格好だ……本当に悪知恵だけはよく働く聖女である。
「うっ……」
しかも、相当に強烈な香だったらしく、スーシーは立ち眩みに襲われた。それでも崩れないのだからさすがは神聖騎士団長といったところか。
が。
「ふふ。私はスーシーを甘く見ていませんわ。これで最後です。さあ、今度は闇魔術の『催眠《・・》』です。貴女は今日のことを忘れてしまーう。ついでにおじ様は少年のように性的に瑞々《みずみず》しくなーる」
ティナは呪詞を謡い始めた。闇魔術の重ね掛けだ。
法術専門の聖女がなぜこうも闇魔術に長けているのかについては、最早語るまでもないが……目をつぶっていたリンムははてさてどうべきか悩んだ。
そんな二人の隙を突いて、ティナの必殺の一撃がスーシーを再び襲おうとしたときだ――
「先生……今です」
スーシーは意識朦朧としつつも呟いた。
直後、リンムの寝室に隠れていたもう一人の人物――ダークエルフの錬成士チャルが歩み出てきた。
「よかろう。報酬はすでにもらっているしな。ティナよ、悪く思うなよ――呪詞返しだ」
何と、スーシーはティナの二の矢、三の矢まで想定して、用心棒を雇っていたのだ。
そんなチャルによる呪詞返しが逆にティナに襲い掛かって、ついにティナはどさりとその場に崩れた。さすがにスーシーも相当に堪えていたのか、片膝を床に突きつつも、「よし」と拳を固めて小さく笑みを浮かべる。
唯一、リンムだけがやっと目を開けて、今回のどうでもいい一幕の結果を「はあ」と呆然と見つめるしかなかった。
ところが、そんなリンムにとんでもないプレゼントがやって来た――
「ここは……どこ? おじちゃん……だれ? わたくしはティナ……|ごしゃい《五歳》。こーしゃくけれいじょうでしゅわ」
何と、ティナが自身に返ってきた『忘却』と『若返り』の闇魔術によって、身も、心も、幼児退行してしまったのだった。
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明日の近況ノートの更新は11頃を予定しています。もしかしたら時間がかなり前後するかもしれませんので、ご了承くださいませ(前も書きましたが、近況ノートも予約投稿出来るようにしてほしい)。