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『おっさん』非限定SS「勤労感謝の日(後半)」

 話は一日前に遡る――

 元Aランク冒険者のオーラ・コンナーはわざわざ神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトをイナカーンの街の門前まで見送りにいった。

「それではオーラ殿。後事は託します」
「ああ、分かったよ。ところで、お前さんが戻って来るまで夜通しで見張れとまでは言わんよな?」
「はい。基本的には残っている神聖騎士たちも護衛に付きますので、夜間は交代して休みを取っていただいて問題ありません」
「てか、護衛がいるってんなら、そいつらに任せりゃいいじゃねえか」
「ティナが嫌がるのですよ。護衛としてそばにいて文句を言わないのは、私か、義父《とう》さんか、もしくは司祭のマリア様だけです。そのマリア様とて孤児院の子度たちの面倒を見るので、結局、私の不在時には義父さん一人きりになります。とても危険です」

 ふん。危険ねえ……

 と、いい大人なんだから放っといてやれよ派のオーラとしては首を傾げるしかなかった。

 ともあれ、こうしてスーシーから任されたオーラはとりあえず教会に向かった。護衛の報告によると、本日はスーシーの見送りもせずに、そこの調理場で何かを作っているらしい。

 実際に、当の法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルはというと、調理場でやけに集中して作業をしていた。もしかしたら子供たちの夕飯作りの手伝いをしているのかもしれない。たまには聖職者らしいことをするんだなと、オーラは「やれやれ……どこが危険なのやら」と息をついた。

 すると、そんな調理場を訪れる者たちがいた――Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツとフン・ゴールデンフィッシュだ。

 これはいったいどうしたことかと、オーラが窓からこっそりと覗《のぞ》いていたら、

「おいおい、聖女様よお。さすがに三回目だぜ。もう勘弁してくれよ」
「そうっスよ。指名してくれるのはありがたいっスが……身が持たないっス。今回はせっかく犠牲になってくれるゲスデスの兄貴も逃げちゃったんスよ」

 そんなふうにスグデスとフンがすぐさま抗議を始めた。

 バレンタインのときのチョコレート、十三夜のときのお団子と、これで三度目の味見役を引き受けたわけだ。幾らお金や人脈《コネ》の為とはいえ、健気なものである。

 すると、ティナはにこりと笑みを浮かべてみせた。

「安心してください。今回は料理ではありません」
「ほう。じゃあ、調理場に呼んでまでいったい何を作る気なんだよ?」
「新作のポーションですわ」
「ええと……聖女様って……調合が出来るんスか?」
「いえ、今はまだ出来かねます。ですから、そういったスキルが手に入るまで、貴方がたにはポーションを飲んでいただくわけです」

 そんなふうに凄いことをティナがけろりと言い出したので、スグデスもフンも互いに顔を見合わせた。

 とはいえ、さすがにポーションだ。味はともかく、これまでのように即死することはないだろうと高を括った。しかも、今回は「料理は錬成だ」とかと言い出す、あのいかがわしいダークエルフの錬成士チャルもいない。

 これはもしや三度目にしてやっとまともな展開になるかと、二人は期待したものだが――

 ……
 …………
 ……………………

 リンム・ゼロガードとティナの後を尾《つ》けて、『初心者の森』の入口までやって来たオーラは、昨日の回想を止めて、「はあ」とため息をついた。

 一時でもティナのことを「いい大人」だとみなした自分が愚かだった。

 というのも、あれから調理場は拷問場みたいになったのだ。女司祭のマリア・プリエステスが見に来て止めなければ、スグデスとフンは『意識朦朧』を通り越して、幾度も『意識消失』を経験したに違いない……

「まあ、おかげで怪しげな薬は完成したみたいだが……あんなゲテモノをリンムに飲ませるわけにはいかねえよな」

 友人代表としてオーラは決意を新たにした。

 とはいえ、そこからはむしろオーラにとって驚きの連続だった。リンムに気づかれないようにと、自身に認識阻害を掛けて、さらに魔導具のマントと靴まで纏ってきたというのに――

 肝心のリンムではなく、ティナに幾度も気づかれかけた。そもそも、今のティナは謝肉祭を前にじゅるりと涎を垂らした一匹の獣《けだもの》……そう、淫獣モードになりかかっていたのだ。

 しかも、今日の『初心者の森』は他の冒険者たちがおらずに閑散としていたことから、リンムやティナを狙って、森の奥から野獣たちが群れをなして迫ってきたのだが、

「がるるる」

 と、ティナに威嚇されて、その全てが「きゃうーん」と涙をこぼして逃げ出していった。

 湖畔に生息している森の主こと大蜥蜴と並んで危険とされる人喰い熊ですら、目を合わせたとたんに「くまーっ」と、とんずらしたほどだ。

 これにはリンムも、「今日の森は静かでいいな」などと呑気なことを言っていたわけだが……

 何にせよ、ついに昼がやって来た。そろそろ、ティナが仕掛ける頃合いということで、オーラも警戒を強める。

 一方で、リンムは入口広場まで戻って、大樹のそばに腰を落ち着け、アイテム袋から携帯食を取り出した。もちろん、ティナもこの機を逃すまいと水筒を胸の谷間からすぽっと抜いた。

 そして、その中身を二人分の杯に注いで、いかにも怪しい飲み物ではないですよといったふうに、ティナは先に口をつける。

 リンムはというと、谷間から水筒が出てきたことにはあえてツッコミを入れずに、とにもかくにも杯を受け取った。

「ほう。これは……やや色が付いているようだが、いったい何の飲み物だね?」
「疲労回復の為のポーションを混ぜています」
「もしかして……やや苦いやつか?」
「いえ。果実の酸味が強くて爽やかな後味のはずですよ。昨日、孤児院の調理場をお借りして、スグデスさんやフンさんに色々と試しで飲んでもらったんです。私の自信作なんですよ。ほら、美味しい!」

 ティナはまた口をつけて、ごくりと飲むと、可愛らしく笑みを浮かべた。

 もちろん、二人にはしっかりと緘口令を敷いていたし、ティナが『意識朦朧』に掛からなかったのにはからくりがあった。単純に水筒を二重底にしていたのだ。つまり、似てはいるが非なるものをリンムには提供したわけである。

 そんな詐欺みたいなトリックに気づくはずもなく、リンムは「へえ、そうなのか」と言って、素直に『意識朦朧』のポーションが混じった方を飲み込もうとした。

 が。

 そこで、がさがさ、と。

 森の入口広場にもかかわらず、野獣の足音が聞こえた。

 リンムは杯を置いて、すぐに片手剣に手を伸ばしたし、またティナも「ちい」と舌打ちしてから、「がるるる」と、百獣の淫獣王たる貫禄でもって威嚇した。

 当然、そんな獰猛な眼《がん》に野獣、もといオーラの召喚した巨狼《フェンリル》は「くうーん」と逃げ出したわけだが……このとき、大樹の枝上にいたオーラは素早く鞭でもって、二人の杯を入れ替えた。ここらへんはさすがに|野獣使い《ビーストテイマー》――見事な鞭捌《むちさば》きである。

 何にしても、巨狼の気配がなくなったとたんに、ティナはというと、

「ささ、おじ様。危険は去ったようですし、私と一緒に、ぐぐいっとお飲みくださいませ」

 と、まず身近に置いてあった杯を一気に口にして、「ぷはあ」と、どこぞの酔っ払いみたいな息を吐いてから……

 ……
 …………
 ……………………

 どさり、と。

 その場に倒れてしまった。こればかりは仕方のないことだろう。

 何せ、『意識朦朧』はどこへやら。それはたった一滴で人喰い熊でも致死量にいたる代物だったのだ。

 そもそも、聖女として状態異常に強い耐性を持つ上に、身に纏っている冒険者風の衣服にも幾重もの法術が付与されているティナがぶっ倒れるほどのものである。

 さすがは天才、もとい天災たるティナの本領発揮というべきか。これにはリンムも呆気に取られたものの――意外と「すやすや」と眠っているだけだと分かってからは、

「もしかしたら……聖女として疲れが溜まっていたのかな」

 と、好意的に解釈することにした。

 実際に、最近のティナは孤児院の子供たちの相手をして、治療などの必要な街の人々に法術を掛けて、さらには宿屋の元女将さんなどの相手をしてあげてと、八面六臂《はちめんろっぴ》の活躍をしていたのだ。

 もちろん、街の人々にリンムの嫁として認識されたいという思惑はあったものの、ティナの活動はまさに聖女にふさわしいものだった。

「やれやれ。今日ぐらいはティナのお勤めに感謝すべきだったかな」

 こうしてリンムは薬草採取を優先したことを反省して、教会へとおんぶしてあげた。

 午後は孤児院の調理場で食事を作って、夜には子供たちや快復したティナと一緒にテーブルを囲んだわけだが……そこになぜか、「俺にも感謝してくれよな」と、オーラが紛れ込んでいた理由をリンムは結局、知らずにいたのだった。

2件のコメント

  • オーラの鞭がむちゃくちゃ器用でびっくりです。インディー・ジョーンズみたい。
    鞭を自在に操るの、かっこいいですもんね。
  • お読みいただきありがとうございます! 何せオーラの曾祖父である人狼のあの人は……巧みな鞭捌き、もとい鞭捌かれに定評がありましたからね。隔世遺伝です。
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