本日は『トマト畑』の本編でも同タイトルのSSを載せています。つまり、こちらの非限定近況ノートも合わせて一日に二話分投稿しているわけですね。すごい!(前回のSSのとき同様に自画自賛)
それはともかく、時系列としては第二章「渦中の街 イナカーン」に当たります。まだ第一章をお読みでない方はご注意くださいませ。
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「おやつをくれないと――」
「蹴りをいれちゃうぞおおおー!」
リンム・ゼロガードが「何だ?」と家の扉を開けたとたん、孤児院の子供たちが早速、「とうっ」とリンムの膝裏に蹴りを入れてきた。
「あ、痛っ。いたいたっ……頼むから、朝から勘弁してくれ」
最近、年をとったせいか、依頼《クエスト》をこなした翌朝に足首や膝あたりに関節炎の鈍い痛みがやってきて困るのだが……
当然のことながら、そんな事情など露知らない子供たちは全くもって容赦がない。
「じゃあ、おやつ!」
「早く、ちょうだい。リンムおじさん!」
「もちろん、おじさんはお手製のものを作ってくれたんだよね?」
「リンムおじさんのおやつは他のとことちがっておいしいかんなー。いっぱいもらってやるぜえええ」
リンムにとっては、とてもうれしい言葉ではあるものの……
子供たちはそんなふうにねだりつつも「とうっ!」、「せいや!」と、間断なくリンムを攻め立ててくる。「焼き討ちよー!」と言っている女の子はいったい何がしたいのやら……
おやつを貰いに来たのか、リンムを虐めにきたのか、どっちかにしてほしいものだ。
「じゃあ、ちょっとだけ待っていてくれ。すぐに焼き上がるからな」
「「「はーい!」」」
何はともあれ、リンムは昨晩、依頼をこなして帰ってきた後にしっかりと仕込んでおいたかぼちゃのパイを切ってから玄関先で子供たちに振るってあげた。
他の家々では市販の飴ちゃんや、香草を混ぜたクッキーなどで済ますことが多いので、こうやって焼き立ての|おやつ《ソウルケーキ》を出すリンムは人気が高い。そもそもからして、たまに孤児院で皆に料理を振舞っているとあって、年少組の子供《ちび》たちの中にはリンムを給食のおじさんか何かと勘違いしている者もいる始末だ。
「おいしかったー」
「ありがとう、リンムおじさん」
「やっぱ、おじさんとこが一番いいや」
「またくるねー。よろしくねー」
子供たちはそれぞれ満足して、まるで獲物を掻っ攫った後の山賊みたいに大股になって街中へと颯爽と戻っていったわけだが……
「いや……また来ると言われてもな」
リンムは仕方なく、夕方にクッキーかケーキでも孤児院に差し入れしてやるかなと、
「じゃあ、午前中にその分の支度も済ますか」
そう気合を入れて、服の裾をめくった。
どのみち今日は収穫祭で、冒険者稼業はお休みだ。どうせ昼過ぎには「行事《イベント》を手伝ってくれ」と、村役の者がやって来るだろうから、それまでにリンムはもう少しだけ料理に力を入れようと考えた。
すると、そんなタイミングだ――
とん、とん、と。
また扉が叩かれたのだ。
街の子供たちにとって、かなり外れにあるとはいえ、この日のリンムの家は人気銘柄なので「どうやら今日は千客万来かな」と、リンムも小さく息をついて、調理場の火をいったん止めてから「はいはい」と扉を開けたら、
「おじ様をくれないと――悪戯しますわよ!」
玄関先に立っていたのは、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルだった……
……
…………
……………………
ばたん、と。リンムは扉をすぐに閉めた。
というのも、ティナの格好が痴女《・・》そのものだったせいだ。
ほぼ全裸な上に魔女でも意識したのか、紺色のプレゼントリボンを巻いているだけのあられもない恰好だ。もちろん、リボンは豊穣な胸もとでしっかりと結ばれていた。
「おじ様! 開けてください!」
「い、いや……すまん。何か俺は朝から幻覚でも見たのかもしれない。きっと昨日の疲れがまだ残っているんだろうな。今日は寝直すことにするよ」
「幻覚ではありませんわ。本物です。おじ様のティナ・セプタオラクルですわ! それより……へーくしょい!!」
「だ、大丈夫かね?」
「さすがに寒いですわ。悪戯の件はともかく、本当に開けてくださりません?」
たしかに聖女に風邪をひかせたら、守護騎士の名折れなので、リンムはやれやれと扉を開けてやった。
が。
「では、遠慮なく――悪戯しちゃうぞおおお!」
がるるる、と。
淫獣《ビースト》モードになったティナはリンムに襲い掛かった。
本来、家先でおやつをねだるのが風習だというのに、家内にいるリンムこそおやつそのもの――いや、むしろ主食《メインディッシュ》だとでも言わんばかりに、ティナはぴょーんと見事な蛙跳びでもってリンムに向かってきた。
「いただきまーす!」
もっとも、その瞬間だ。
「こおおおの、馬鹿ティナああああ!」
ティナの背後でプレゼントリボンを引っ張る者がいた。神聖騎士団のスーシー・フォーサイトだ。
当然、ティナはリンムに届かずに玄関先に叩き落されて、「ぐげっ」と蛙が潰されたような濁った声を上げたわけだが……
その衝撃でプレゼントリボンは外されて、見事に全裸となってしまった。おかげでかえってリンムが「きゃっ」と、乙女のような声を上げる始末だ。どちらがヒロインなのか、本当に判断に困る状況である。
何にしても、スーシーは腰に両手を当てつつ説教を始める。
「さっきすれ違った子供たちが、おかしな裸の変質者がこっちに走っていった、って言っていたから嫌な予感がして駆けつけて来てみたら――いったい、貴女は何をやっているのよ?」
「もちろん、悪戯ですわ」
ティナが悪びれずに答えたので、スーシーは「はああ」と息を漏らした。
収穫祭ということもあって、酔っ払いや観光客が何か仕出かさないかと、朝から衛士たちと連携をとって神聖騎士たちも見回りを強化していた矢先の通報だった。
もちろん、リンムはすぐさま玄関先にあった外套《がいとう》をティナにかけてあげる。
「まさかと思うけど……街中でもその格好でいたわけじゃないわよね?」
「もちろん、ちゃんと冒険者風の服を身に纏っていましたわ。脱ぎだしたのは、おじさまの家から百メートルほど離れた草むらです」
「そこで子供たちに見つかったってわけ?」
「そうです。かぼちゃのパイのお裾分けまでいただきましたわ」
ティナが堂々と言ってのけると、スーシーはつい「ごくり」と喉を鳴らした。朝からろくに何も食べていなかったのだ。
「というか、なぜそんな離れたところで裸になったのよ?」
「だって、勢いがいるじゃないですか?」
「い、勢い?」
「助走をつけて駆け込んで、そのまま押し倒しちゃおうかな的な感じかしら?」
「…………」
この親友はいったい何を言っているのだろうかと、スーシーは遠い目になった。
何はともあれ、そんなふうに沈黙する一方の二人に対して、リンムはやっと落ち着いたのか、「まあ、家に上がりなさい」と声を掛けた。
「これからクッキーやケーキを焼くつもりだったんだ。かぼちゃのパイでいいなら、まだ他の子たちに配る分が残っているし……何なら食べていきなさい」
「よろしいのですか?」
「え? いいの、義父《とう》さん?」
ティナとスーシーの言葉が重なると、リンムはにこりと笑みを浮かべた。
「俺にとってみたら二人はまだまだ子供だよ。悪戯しないときちんと約束してくれるなら――おやつを上げるってもんさ」
こうしてイナカーンの街の収穫祭――いや、トリック オア トリートは無事に過ぎていったのだった。
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次回は……ちょいと早いですが、11月3日(金祝)の「文化の日」に本編と同時に、こちらの近況ノートでも非限定SSをお届けします。つまり、おっさんは二本立てです。これは本当にすごい!(前書き同様に自画自賛。とはいえ、入院していて暇だっただけです)