リアルと現実のおとあそび

逆月、の印象があまりにもわたしにとって強烈すぎる。
わたしの場合は個人的に、月冥スクエアだから余計に、その幻影度合いと、
そのことへの違和感が強烈になったのかなと思ったり。

リアルという綴りには、例のLとRが両方入ってる。
日本語の「ゲンジツ」にも、ゲとジという、言霊的に混線しやすい音が
両方入っている。

リアルの言霊をウィクショナリーで追っていくと、光を意味するレイの音を経て、
アラビア語の「鏡」につながっていく。
https://en.wiktionary.org/wiki/rey#Spanish
https://en.wiktionary.org/wiki/%D9%85%D8%B1%D8%A2%D8%A9#Arabic

ゲンジツ、という音に近いアルファベット表記でおっかけていくと、
ギャングとか、ガンジス川(ガンガー)などにつながっていく。
https://en.wiktionary.org/wiki/gengi

確からしければらしいほど、それは実体じゃない、というこの世のからくり。

このことは、最近急激にこまこまと忙しくなった職場で日常的にも強く感じている。

昔に読んだよしもとばななの小説で、そもそも、テレビを買ったときに、
届いたときの最初の箱の開封の仕方が悪かった、、、そういう話があったのを思い出す。

最初の設定というか、関わり方というもの、地上に杭をたててそこにまきつけていく、そう、貝の中の真珠の前の、石ころ、みたいなものが、いったいどういうつもりで置かれたのか、そういうことに人生はすべて左右されてしまう。

東京に越したこと全てが、というわけではないけれど、
わたしにとってはとても、山羊座月的な動機でここまで歩んできたなと
思い返している。

それを満たす環境を望み通り手にしたことで、わたしは空虚な心を取り戻してしまった。やればやるほど虚しくなる日々。完全に回転方向が誤っていることは自覚している。だが、急には止まれない。

あまりにも、本来のわたしと違う在り方に、自分を追い込んだことではっきりと気づくことは、もう、思っているのと全部裏返しのことをやればいいのではないか、というくらい極端な心境なのである。

地上はしみじみと、エネルゲイア的な在り方が全部、弱い力として裏目にしてしまう場である。だがそれは、月が支配する力学ストーリー内部ではそうなのだ。

毎日毎日、その弱い領域における特性を、すべて叩き潰せ、それがあるから迷惑だ、邪魔だ、と全方位から怒られ続けるような毎日で、
わたしはそれが実は全部ウソなんだ、ということに、どこかで気づきながら、
なんとか今週を乗り切った。

もうすぐ天王星が再度牡牛座に入り直す。
わたしにとっての天王星牡牛座入りは、なにをどうしたって隷従からの脱却(太陽射手からみて6H)と、相方的な存在についての根底的なビジョンの変革(蠍ASCのオポ)だろう。

それにしても、山羊月の幻影打破が、蟹的な要素の実践、というのは、太陽射手にとって非常になんともいえん配置なんだよね、、、うーむ

まあ確かに、料理したり、手芸したり、家庭的なことは基本好きである。
そんなことばっかりしていたい。だが、あさはかな力学ゲーム内部においてバカ正直にそのままやってしまうのは、違う、ということは理解してる。

そのあたりへの挑戦。

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