今まで一つの漠然としたとっかかりを頼りに小説を書いてきたのですが、けっこう感覚的に書いてきた部分が強いかなと思っています。
その反対はというと事前に考えた下地のもと、計算して書くと言えるのではないでしょうか。
では、その計算して書くには物語はどのような要素で成り立っているのか知る必要があるはずです。
一般的に王道な面白い物語というのは主人公が日常から非日常へといざなわれて、そして最後にまた元いた日常へと帰ってきて物語は締められる場合が多いと最近、学びました。
なるほど確かに自身が書いた小説も最後はそのようなムードで終わっている。こちらとしては無意識にそのような流れにもっていったのですが、それを分析してこの様に終わっていると言語化するとしないとでは大違いだと思うのでこれは知れて良かったと思いました。
その『日常』とは英語に変換すると、
『Ordinary World』と言うそうです。
偶然か『Ordinary World』といえば、
『青い薔薇』の中でも歌詞が引用されている実際にある曲です。その流れは『漂う幻影』に引き継がれていくわけですが、ここで僕は、
あぁ、この『漂う幻影』は主人公、磯村恭一郎が『Ordinary World』へとなんとかまた帰って行こうとする物語なんだなとより明確にする事ができてなんかすっきりしたという話が今日の書きたい事です。
ただなんとなく書いている内は結局これってどういう話なんだろう?と迷う事もあったのですが、こんな勉強する事によってこういう物語が書きたかったんだと理解する事ができてやっぱりある程度の勉強も大事だなと思いました。
ただ小説って一人の人生を描くとも言えると思うのですが、人生というのはこの先、何が起こるか分からないものですよね。今のこのコロナが世界的大流行しているのが良い例です。
その何が起こるか分からない人生、それを最初から最後まであらかじめ決めて書く小説とは果たして面白いのか?疑問に思う事もあるのですがどうでしょうか?
かと言って本当に何も決めていないのもそれはそれで困るのは事実なので、この塩梅が難しいのでしょうね。
自分が思っている以上に面白いと言われる物語が書けるのは凄い技なんでしょうね。
では、ここでは初めて創作について思う事を書いてみました。
最後に、ぺんぺん草のすけさん、最後までお読み頂きご評価してくれましてありがとうございます!