• 異世界ファンタジー
  • SF

「あやかし遊郭の居候」後日談「金色の枕」

 拙著「あやかし遊郭の居候」発売から約2か月経ちました。SNS等での購入報告やご感想、誠にありがとうございました。読んでいただいた方へのお礼として、以前、限定近況ノートに上げていた後日談を再掲します。本編完結後の月虹楼の一幕です。お楽しみいただけると幸いです。

      * * *

 月虹楼の廊下に、ぱたぱたという軽い足音がふたつ、響いている。

「若菜、若菜あ。どこに隠れえした?」
「姉さんたちが遊んでやりんしょう」

 瑠璃と珊瑚が、妹の若菜を探して歩き回っているのだ。手には鞠や紐を持って、あちこちの隙間や日向を覗き込んでいる姿が目に浮かぶ。というか、若菜が見世にやってきて以来、それは日常の光景になっているのだ。

(若菜は、猫としてはもう大人だから……)

 姉だと言い張る禿たちよりも、若菜は実は落ち着いている。起きて遊ぶよりも寝ている時間のほうが長いくらいだ。だから何かと構いたがる瑠璃と珊瑚は必ずしも若菜を喜ばせてはいないのだけれど──まあ、最初だからはしゃいでいるのだろう。

「すっかり姐さんに懐きましたねえ」

 名前を呼ばれているのにも我関せずと、居心地の良い「寝床」で気持ちよさそうに丸まっている若菜を見て、千早は目を細めた。
 寿々お嬢様と離れて、不安げに鳴く夜もあったけれど、あやかしたちに可愛がられること自体は受け入れたようだから、良かった。

「当然じゃ。獣にも分かるのでありんすなあ」

 満足げに微笑むのは、葛葉花魁だ。若菜は、なんと花魁の狐の尻尾を枕にしているのだ。艶やかでふわふわ、ふさふさとした金色の、豪奢な長い尻尾──

(う、羨ましい……)

 触れたら蕩けるように心地良いだろうと思うけれど、手を伸ばしては花魁にぴしゃりと叩かれるに違いない。
 若菜が見世に来て、葛葉花魁でさえも涼やかな目元を下げて猫の仕草に夢中になっていた。小さな猫の可愛らしさがあればこその特別扱いであって、客だろうと見世の者だろうと、では私も、だなんて期待してはいけないのだ。

「禿どもよりよほどお利口なのが不思議なこと。あれらも早う落ち着けば良いのに、のう」
「怖いことも苦しいこともなく幸せに、があの子たちの願いだそうですから……満足すれば、大人になるんでしょうか」

 お歯黒溝に沈められた子猫たちは、苦しみもがきながら願ったそうだ。その必死な、けれど微かな祈りを朔が聞いて、月虹楼に迎えたのだとか。だから、瑠璃と珊瑚はいつも笑って遊んで、願いを叶えている最中なのだ。

「この子も、いずれあやかしになったり……?」

 千早は、そっと手を伸ばして若菜の毛皮を撫でた。役得とばかりに、葛葉花魁の尻尾の毛の感触も、手の甲のあたりで堪能している。その図々しさは気付かれているのかどうか。少なくとも、はっきりと叱責されることはなかった。

「さて。楼主様の御力で、この見世では何が起きるか分からぬからなあ。人の娘が内儀に収まったりも、することだし──」

 葛葉がちくりと刺してきたのは、別の方面についてだった。玉の輿という訳でもないけれど、小娘が意外にやるものだ、とやや皮肉っぽい称賛というかお手並み拝見、というような風味の流し目が千早に注がれる。

「内儀というか……まだまだ、雑用なので」

 頬が熱くなるのを感じながら呟いたのは、あながち謙遜でもない。
 内所に、朔の傍にいて何があるかといえば、見世の中のちょっとした困りごとの相談や、はしゃぎすぎた客への苦情や、諍いの仲裁の依頼ばかりだから。居候から、厄介ごと専門の雑用係に転職したようなものだった。

「あの、姐さんこそ……! ちょこれえとに不自由なさってないそうで、良かったです!」
「……ふん」

 「どこからともなく」葛葉に贈られる洋菓子は、もちろん里見が手配したものだろう。姐さんの好物を漏らしたこと、あのお狐が示した猫の姉妹への配慮については報告しているから、葛葉も贈り主は承知のはず。宝石のように艶やかで、珍しい甘さとほろ苦さの菓子を、怖いほどの真顔で口にしているのもその証拠だと思う。

 彼との仲はどうするのか、と。千早の、おずおずとした好奇心と老婆心を感じ取ったのだろう。葛葉はやや乱暴に若菜の毛並みを逆立てた。

「ま、菓子に罪はありいせんからな」
「はい」

 もちろん、花魁がやすやすと心のうちを明かしてくれるなどとは思っていないから、千早は相槌を打つだけだ。何も焦る必要はないのを、彼女はよく分かっている。
 あやかしの世の時の流れは人の世のそれとは違うのだから。葛葉も里見も、猫たちも──いずれは良いところに落ち着くのだろう。千早自身と朔についても同じなのかどうかは、また別の話だし分からないことだけれど。

      * * *

 「あやかし遊郭の居候」、書籍情報も再掲いたします。明治時代の遊郭を舞台に、女の子(たち)の成長や決意を描いた和風ファンタジーです。お手に取っていただけますように。
 また、X(旧twitter)でお世話になっているexa(疋田あたる)さんに、冒頭をコミカライズしていただきました🙌 朔と千早の着物の色の対比がとても素敵です(*´艸`*) 寿々お嬢様もとても重要なポジションなので、読んで確かめてくださいね!

《書籍情報》
タイトル:あやかし遊郭の居候
著者:悠井すみれ
レーベル:富士見L文庫
出版社:KADOKAWA
発売日:2024/5/15
ISBN:9784040754116

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する