• に登録
  • 異世界ファンタジー
  • ラブコメ

★5/15 陰キャンプスピンオフNO1『木村 樹』


「……」

 登校し、俺はごく自然とすでに着席している樹に目を止めた。

 週末の時は、とてもノリノリで、明るい表情だったのに、教室にいる時の樹はぼぉっとしていて、何を考えているのかさっぱりわからない。しかも、女子なのにスカートではなく長ズボンを履いている。

 正直なところ、一緒にキャンプをするまで、俺は他のみんなと同様に"木村 樹"には近寄りがたい印象を抱いていた。

 だけど樹は喋ればすごく楽しいしい、ノリが良い。
アイツがああやって長ズボンを履いているのは、多分水着姿を見られるのが恥ずかしいのと、同じ考えなんだろう。

 俺はまだほんの少しかもしれないけど、木村 樹って子のことを理解していた。
そしてその上で、樹と一緒に居るのが楽しいと思うようになっていた。

 ならさっそく朝の挨拶からと思い、樹の席へ近づいて行く。

「おい、香月! お前、週番だろ? 日誌先生が取りに来いって!」

「ぐぉ……そうだったぁ……!」

 クラスメイトにそう言われ、俺は後ろ髪を引かれる思いで、教室を後にする。

 樹、すまん! あとで、絶対に声をかけるからなぁ……!

ーーと、意気込んでいた俺だったのだが、実際学校で樹に声をかけるのは至難の技だった。

 今週、俺は週番であれやこれやとやることが多かったのだ。
 さらに俺は樹と違って、話たりする相手がいるにはいる。

 その間、樹はときどきこっちをチラッと見てくるものの、声をかけてくるそぶりは見られない。
しかもあいつはいつも通り、終礼が終われば、教室から逃げ出すようにいなくなってゆく。

 せっかく樹と仲良くなったというのに、話す機会がまったくなかったのだ。

 そんなこんなで2日、3日と過ぎてゆき……遂に、樹と話せないまま、木曜日の午後のホームルームを迎えしてしまう。

 だけど、この後、俺と樹にとって奇跡ともいえる現象が巻き起こる!

「おっ? 樹、まさか!?」

「ここ、僕の新しい席……!」

 木曜日最後の時間のホームルームで席替えが行われ、なんと俺と樹は隣同士の席になったのだ!

 週番も明日で終わり。こうしてとなりの席なら、毎日挨拶ができるし、

「おいくんの隣、嬉しい……! よ、よろしくね?」

「ああ! よろしく! これでいつでもトレーニングできるな!」

「え……ええ!? やだよぉ! 学校であのトレーニングはやめてよぉ!」

「服着てるんだから、全然恥ずかしくないだろ? 千里の道も百歩からだ!」

「それを言うなら、千里の道も一歩からだよぉ……もぉ……」

 短い時間でもこんなバカな会話ができる! なんて最高な立場を俺は手に入れたんだ!

 それにーー

「じゃ、じゃあ、また明日……」

「待てよ」

 終礼が終わって、いつも通りさっさと教室を出てゆこうとする樹の横に並ぶ。

「今日から一緒に帰るぞ」

「え!? な、なんで!?」

「なんでって、友達だからに決まってるじゃないか。せっかく隣の席にもなったわけだして」

 そういうと樹は嬉しそうだけど、少し困ったような雰囲気を醸し出す。

「……おいくんの、家って香月酒店、だよね……?」

「そうだが?」

「僕の家、全然、反対……」

「ぐぉ……マジかぁ……!」

「帰りはいつもプール寄ってってるし、そこも反対……」

 なるほど、樹がいっつもさっさとで行くのは、早くプールで泳ぎたくてウズウズしてからなのか。
オリンピックに興味がないと言っておきながら、金メダル取る気まんまんじゃないか。

「じゃあ、校門まで一緒に行こう。それだって、そこそこ距離があるだろ?」

「ある、けどぉ……」

「良いから、さっさと行くぞ」

「まってよ、おいくん……!」

 俺が先に歩き出すと、樹はヨタヨタと続いてくるのだった。

 さて、ようやくゆっくり樹と話せる状況となったのだ。
早速……

「なぁ、樹。実はずっと話したいことがあったんだ」

「な、なぁに?」

「あのな……樹はこいつ倒せるキャラ持ってたりする!?」

 俺はこの間のキャンプの時一緒にやったゲームの画面を樹へ見せる。
俺の手持ちでは全く勝てず、悔しい思いをしていたのだが、樹ではあるいはと思ったからである。

「あ、うん……いるよ!」

 樹はなんだか少しホッとしたような顔でそう言ってくる。
よくわかんないけど、嫌がられてはいないみたいだと思った。

「そうか! だったら今夜お願いできるか?」

「い、良いよ! 練習して、ご飯食べたあとだから……八時くらい? でも、どうやって参加申請すれば……?」

「タブレットでもRINE入ってるだろ? 俺のID教えるから、そこへ申請を!」

「えっと、僕、RINEとかよくわかんない……」

「はぁ!?」

 思わず俺がそう声を上げると、樹は「ひぃ!」と短いを悲鳴をあげた。

「なんでわかんないんだ!? 今時、必須のアプリだろ!?」

「ごめんね、おいくん……怒らないで……あのタブレットお父さんのだし、僕スマホ持ってないから、ぐすん……」

 やばい、泣き出した……キャンプの時もそうだったけど、樹は案外泣き虫なのかもしれない。
周りの視線が痛い……こんなところ先生にみられたらやばい!

「わ、悪かった! 俺が悪かったら泣くな! そうだよな、お父さんので、スマホ持ってなきゃわかんなくて当然だよな!」

「うう……ひくっ……でも、僕、おいくんとしたい……ぐすん……」

「なにか別の方法を考えよう! そうだな……じゃあ、夜の八時になったら、俺が樹の家の前に行くってのはどうだ?」

「え!? そ、そんなのダメだよぉ! このあたり、夜真っ暗しだし、おいくんのご両親に怒られちゃうよぉ……」

「ああ、じゃあどうすれば……」

 下駄箱でお互いに靴を履き替えながら、何か他に方法はないか考える。

 しかし妙案浮かばず、結局校門前にまできてしまった。

「じゃ、じゃあ、ここで……」

「ちょっと待て! 後一分!」

 俺はカバンからノートを取り出し、一枚ページを破った。

 そこで自分の電話番号とRINE・ID、そして一応"香月 葵"と名前を記入する。

「これ、持ってけ! で、帰ったらお父さんに、これでなんとかならないか相談してくれ!」

「わ、わかった! ありがと……」

 樹は妙に嬉しそうな顔をして、俺の殴り書きのメモ用紙を受け取る。

「なんだ? 俺のサインがそんなに嬉しいのか?」

 冗談半分でそう言ってみる。
すると樹は、本気な顔をして、首を縦に振ってみせた。

「嬉しい……初めての友達に、初めて連絡先もらえたから……」

「初めての友達って……?」

「おいくん、がね、初めて、なの……僕、みたいなやつと……友達、になってくれたの……!」

「そうだったんだ」

「僕、変わってるでしょ……? 僕は、僕のことを僕っていうし……」

 僕僕言われて正直頭がこんがらがった。でも、樹は真剣な顔をして、語っているのでふざけるのはやめておこうと思う。

「みんな、女の癖にとか、気持ち悪いとか言って……いっつもプール臭いとか……暗いとか……男みたいな格好ばっかりしてるとか……」

 そう絞り出すようにいう樹の言葉に、以前の俺は少々の罪悪感を覚える。
なにせ仲良くなるまでは、俺も多少なりと、樹のことをそういう目でみていたからだ。
 でも、今はもう違う。

「別に俺は樹が僕っていてもなんにも思わないし、プールの匂いだって嫌じゃないぞ。今はたようせい?の時代だから、長ズボンを履いた女子だっているって! うちの母さんだって、仕事の時は長ズボンだし! そんなんで、樹と友達にならないだなんて、バカばっかりだったんだなぁ」

「おい、くん……!」

「ああ、でも一個アドバイス! これ、前に父さんが店のアルバイトの大学生が電話応対した後にさ、ふぉーまる? な場じゃ、"僕"でなくて"私"にしなさいって注意してたんだ。"僕"を使うのは、友達と一緒にいる時だけにしなさいって」

「そうなんだ……初めて知った……! さすが、おいくん、物知りだねっ……!」

 樹はすごく感心した様子で頷いている。
こういうリアクションってめちゃくちゃ気持ちいい!

「だからこれから学校では"私"を使った方がいいと思うぞ。なにせ学校はフォーマルな場だからな!」

「わかった! 明日からそうする! で、でもぉ……」

 樹はモジモジとした態度をとりつつ、黒い瞳に俺の姿を映し出す。

「おいくんとは、友達、だから……"僕"で、良いよね……?」

「もちろんだ、俺と樹は友達だからな!」

「うんっ! ありがと! じゃあ、僕そろそろ行くねっ!」

「おう! 水泳がんばれ! 目指せ、オリンピック!」

「おいくんが、応援してくれるなら、僕オリンピック頑張るっ! じゃあ、また後でねっ!」

 樹はとても軽い足取りで、道の向こうに消えてゆくのだった。

 さぁて、俺も八時の樹との約束に間に合うよう、色々準備をしないと!

2件のコメント

  • 『僕っ娘』はポイント高いのにねぇ〜♡
    (*´∇`*)

    んっ?
    オタク思考かしらん?…
    (⌒-⌒; )
  • >ママさん

    花音が太陽なら、樹は月のイメージなんですよ。
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する