――中学でのいじめ、芸能活動での失敗と引退、土肥 明根との喧嘩……そして謝罪ができぬまま、迎えた彼女の事故死。
その全てを振り払い、新しい一歩を踏み出すために、花守 花音は高校進学を期に父の故郷へ引っ越した。
そこは都会に比べて店が少ない。便利な交通手段だったってほとんどなく、車かバイクでもなければ動きずらい。
でも、緑が多く、大きな湖がたくさんあって。
更にいつも遠巻きに眺めてた、霊峰がすぐ目の前にある。
霊峰の存在はやはり圧倒的で、巨大で、眺めているだけで自分の存在や悩みなんかも小さいものだと思えてしまうほどの迫力があった。
「ここからやり直すんだ、私は……ここから……!」
花守 花音15歳は胸の奥に決意と期待を秘めつつ、ずいぶん立派に成長した表面の胸をばいんばいんと揺らしながら
校門を潜った。
「花守 花音です! 進学を機にこっちへきました! よろしくお願いします! ちなみにこの髪と目は、お母さん譲りの天然物なんで、変な誤解をしないでくれると嬉しいです!」
中学の時は、この髪と瞳が持って生まれたものだったので、あえて何も言わなかった。
そのことが原因なのか、いじめのターゲットにされた。
なら今回は、最初から言っておこうと思い、今に至る。
みんなの様子から、自分を変に思っている人はいなさそう……?
そうして自己紹介を兼ねた、入学オリエンテーションも無事済んだところで……
「あ、あのっ……花守さんっ!」
花音の脇には少し猫っぽい顔立ちをした、背が小さくて、髪の長い女の子が立っていた。
「えっと……種田さんでしたけ?」
「はいっ! 種田 菜種です! と、突然なんですけど……その髪、触らせてもらえませんか!?」
「え、えっと、まぁ、良いですけど……?」
特に断る理由もないし、せっかく声をかけてきてくれたとのことで了承する。
すると種田さんは「はぁ!」とか「ほぉ!」とか、花音の髪を触りつつ、感心の言葉を漏らしている。
「本物はやっぱ違うなぁ」
「そうですね、お母さんがドイツ系なんで、天然なんですよ」
「ほぇ……! あ! あたしの家、美容室やってて、将来的に継ぎたいって考えてるんです。で、よくお店のお手伝いしてて、それで花守さんの綺麗な髪が気になって……急に触ってすみません……」
「いえいえ。だったら、今ちょっとアレンジできたりします?」
「あ、編むくらいなら!」
「じゃあ、お願いしても良いですか?」
「ぜ、ぜひっ!」
――これが後に花音の大親友となる、【種田《たねだ》 菜種《なたね》】との出会いであった。
菜種は幼女のような見た目ながら、度胸があって、竹を割ったような性格から、皆に“姉御”と慕われていた。
彼女の実家が経営するビューティーサロンTANEも、腕が良いことと、この辺りに別荘を持つ芸能人が良く通っているというので知名度は抜群。
菜種はすでにこのクラスの、いや学校の中心人物で人気者だった。
そんな彼女と友達となったことで、他のみんなも自然に花音へ接するようになって。
みんなは花音の良さを認めて、まるで小学校の時のような人の輪ができて。
その中でも、花音と菜種は特にウマがあって大の仲良しになって。
お互いに"菜種のことはタネちゃん"、花音のことは"かの"と呼び合うようにまでの間柄になって。
いつしか花音は、菜種の双璧を成す、この学校での二大巨塔の一対となる。
でも、菜種の仲良くなればなるほど、花音は亡くなった明根や、都会に暮らしていた時の辛い過去を思い出して、ふとした瞬間気持ちが沈み込んでしまって……
「ちょっと、変なこと聞いてもいいかしら?」
ある日の放課後、教室で菜種の話している時のこと。
彼女は突然、神妙な様子でそう問いかけてくる。
「な、なにかな、改まって……?」
「かのってさ、その……いつもは明るいのに、時々すっごく暗い顔してる気がするのよね」
「そう、かな……」
「だから、えっと……な、なにか悩みがあるのかなぁって……」
菜種とはもうずいぶんと一緒にいるし、お互いの家に泊まったり、一緒にお風呂に入ったりする仲にまでなっている。
そんなどこからどう考えても"親友"といえる、彼女は心配をしてくれている。
彼女ならば、菜種ならば、全てを話しても良いのではないか?
でも、内容が内容だけに重すぎではないだろうか? むしろ、菜種に嫌な思いをさせてしまうのではないか、と。
「話したくないなら、その気持ちを尊重するけど……でもね、これだけはわかって。あたし、興味本位とかそういうので問いかけてる訳じゃないから。かのがなにかずっと悩んでいるのなら、友達として助けになりたいって思っているだけだから! まぁ、あたしじゃ頼りないかもしれないけどさ!」
もはやここまで言われて、話さない方が、菜種に対して失礼だ。
それに、花音自身も、開放を願っているのは確か。
「じゃ、じゃあ、話すね……正直めっちゃくちゃ暗い話だから、あんまり引かないでね……」
花音は決断を下し、菜種へこれまでのことを洗いざらい話す。
中学の時はひどいいじめを受けていたことを。
芸能活動をしていたが、失敗をし、引退したことを。
そしてかつて親友だった土肥 明根と喧嘩をし、彼女が事故死してしまっために、もう2度と仲直りができないことを……。
「うっ……うっ……ひくっ……!」
「タ、タネちゃん!?」
辛い過去と向き合っている花音が涙を流すのは理解できるが、菜種が彼女以上に大泣きするのは予想外であった。
やはり、あまりに重すぎる話で、嫌な思いをさせてしまったのだろうか……。
「かの……ひくっ……よく頑張ったわね!」
「ーー!?」
気づくと菜種の手が花音の髪を優しく解きほぐしていた。
「あたしだったら、そんなの絶対に無理……死にたいって思っちゃう……!」
「……」
「でも、かのは頑張って、痛みに耐えて、生きて、こうやってあたしに出会って、友達になってくれた! そのことがとっても嬉しいのよ!」
「タネちゃん……」
「約束するわ。あたしは一生、かのの友達でいる! 幾つになっても、たとえ住む場所が変わっても、ずっと、ずっと、ずっと、かののことを1番の友達だと思うわ!」
――この時、花音はようやく、辛く暗い過去から、本当の意味で解放された気がした。
過ぎ去ったことをいつまでも悔やんでいては、前に進むことはできない。
この街へやってきたのは、逃げるためではなく、新しい一歩を踏み出すためだ。
そうは思っていても、多感な時期に受けた心の傷は、時折顔を覗かせ、彼女を苦しめることだろう。
でも、大丈夫。
今の花音には、菜種という、自分のことを真正面から受け止めてくれる親友がいる。
「ありがとう。私も、ずっと、ずっと、ずっと、タネちゃんと友達でいたいよ! だから、これからもよろしくねっ!」
<おわり>