「花音ちゃん、良いね!? せーので、行くからね!」
「わかった!」
――花音がモデルスクールに通いだしてから、あっという間に6ヶ月が経過していた。
そして先日、花音と明根の2人は、事務所への所属をかけたオーディションを受け、今日はいよいよオンラインでの結果発表の日。
「「せーのっ!!」」
すっかりレッスン後の、花音と明根の溜まり場となったハンバーガーショップの奥のボックス席。
そこで2人は同時にスマホを開いて、メールアプリに届けられた、結果通知のメッセージを開く。
そして定型文の後に記載されている文字はーー
「「イェーイ! 合格っ!!」」
2人は同時に同じ言葉を放って、ハイタッチ。
そのまま席を立って、フロアへ躍り出る。
「やったよ! やったよ明根ちゃん!」
「うんうん、やったやった! しかも花音ちゃんと一緒のデビューだなんて嬉しいぃ!」
2人はその場で小躍りしたり、跳ねたり、飛んだり……流石に、少々やり過ぎだったようで、店員さんに注意され、2人は大人しく席へと戻ってゆくのだった。
「怒られちったね? 花音ちゃんが止めないからだぞ?」
「明根ちゃんだって、やめようとしなかったじゃん!」
「あ、バレた?」
「うん、バレバレ!」
「バカだね、ウチら」
「うんうん、バカバカ。はは!」
「あはは!」
――相変わらず、花音の学校生活はクソほど面白くもなく、むしろ辛い。
でも、親友の明根と、モデルの仕事さえあれば、それで十分。
花音の胸の奥は明るさに満たされている。
それから花音は宣材写真を撮られたりしつつ、日々を過ごし、そして待望の初仕事日を迎える。
「わぁー! すごぉーい!」
初めて見るスタジオは煌びやかで、スタッフはみんなキビキビ動いていて。
初めての緊張もあるが、ワクワクの方が優っている花音だった。
初仕事を終え、その興奮冷めやらぬまま、スマホを開く。
すると、ひと足さきに、明根からメッセージが舞い込んでいた。
あかね『初仕事終了〜!』
あかね『良い現場だったけど、めっちゃ緊張した!』
明根の方も初仕事は大成功だったようで、花音は安堵するのと同時に、まるで自分ごとのように成功を嬉しく思うのだった。
あかね『そっちはどーぉー?』
花音『今、終わった!』
花音『私は緊張よりも、楽しいぃ! って思った!』
あかね『さすが、心臓に毛が生えた花音ちゃん』
花音『毛なんて生えてないw』
花音『このあと時間ある?』
あかね『もち!』
あかね『じゃ、いつものところで!』
花音『おけまる』
――モデルスクールが終了し、それぞれの現場を抱えるようになった花音と明根は以前のように頻繁に会うことはできなくなった。
だから2人は約束した。
お互いに時間が重なった時は、いつものハンバーガーショップで、前みたいに話をしよう。
お互いの仕事の成果を、メッセージで送り合って称えあおう。
そんな約束を……だが、しばらく時が経ち……
花音『お疲れ!』
花音『今日は水着の撮影でめっっっっっちゃハズかった!』
花音『でも、頑張ったよ!』
花音『そっちはどう?』
花音『今日はどんな現場?』
いつもはすぐに既読の表示が出るのだが、今日はなかなかそのアイコンが浮かばなかった。
もしかすると、明根は仕事の最中なのかもしれない。
そう思い、スマホをカバンへしまおうとした時のこと。
あかね『おつかれ!』
あかね『今日は学校にいてね!』
あかね『返事、遅くなってごめんね』
あかね『おめでとうね!』
何も字面には変化がない。いつもの明根である。でも、花音はほんのわずかながら違和感を抱く。しかしそれがはっきりしない以上、何か他の返答をするわけにも行かず……
花音『ありがとう!』
花音『いつか、明根ちゃんと一緒の現場ができると良いなぁ!』
いつも考えている希望をメッセージする。同期で、親友の明根とスターダムを駆けあがりたい。そんな純粋な願いを。
あかね『そだね』
なんだか今日の明根は随分とそっけない気がした。
もしかすると、明根はアレの日なのかもしれない。
月末だし、明根は相当重い方だと、本人が言っていたし、そうした日の水着の撮影は困るとも言っていたし。
そう考えた花音は、親友の体調を気遣って、その日はそれ以上のメッセージを送らないことにした。
それからまた、しばらく時が進んで。
花音は毎日にように、撮影に出掛けていたある日のこと――
「ええ!? わ、私がドラマに!?」
「WEB限定配信の、一話限りのちょい役だけどね。"貞操観念が逆転した世界に転移したけど、俺は幼馴染しか愛さない!"って、小説の実写化で、花守さんは第一話で主人公に振られる同級生役なんだけど。どうかしら?」
タイトルもアレだし、役柄もなんだかなぁ、と思う節はあった。
だけど、一介のモデルが、たとえちょい役とはいえ、ドラマに出演できる。
「やらせてください! ぜひっ!」
好奇心旺盛な花音にとっては、二つ返事で受けたくなるオファーだった。
まるで花音の了承は織り込み済みだったの如く、マネージャーの倉持さんはにっこり笑顔を浮かべる。
「さすが花守さんね、決断が早くて助かるわ。だったら、ちょっと秘密の情報を教えちゃうわね」
「秘密の情報を、ですか?」
「実はね……今、うちの事務所、水面下でアイドルユニットをデビューさせようって計画しているの。このドラマの件も、その一貫で……」
「それって!?」
「だから、上手くやってちょうだいね。事務所も、私も花守さんには期待してるんだから!」
つまり、この仕事を成功させれば、アイドルユニットへの道が開かれる、と……。
花音の大きな胸の奥で、ワクワクが最高潮に達する。今にでも口から、その感動が溢れ出そうになる。
でも、守秘義務とか、色々あるから、おいそれと、口に出すわけには行かない。
だけど、そうした事情をしっかりわかってくれる、親友が花音のそばにはいる。
花音『大変なことになった!』
花音『私、ドラマに出るっぽい!』
今日も今日とて、明根の既読表示はなかなか付かずだった。
でも、自分だって仕事中はスマホを触らないのだから、同じ仕事をしている明根だって同じはず。
既読がなかなか付かないということは、それだけ仕事が忙しく、充実している証拠……だと思う、そうであってほしい。
花音はそう考えつつ、帰りの電車の中も、家での食事中も、入浴中でさえ、いつ親友からのレスがあっても良いように身構える。
あかね『そうなんだ、おめでと』
23時過ぎ、そろそろ寝ようと思った頃合いに、ようやく親友からのレスが返って来る。
しかし、その日のその時間、花音はすでに床に就いており、すぐさま返事ができなかった。
花音『ごめん、寝ちゃってた!』
花音『ありがと!』
花音『明根ちゃんの方は最近どう?』
翌朝、慌ててレスを返すも、やはりなかなか既読は付かずだった。
――やはり、最近明根の様子がおかしい。
一度、直接会って、話を聞いてあげなければ!
しかし、そうは思えど、状況が花音にそれを許さなかった。
なにせ演技未経験の花音が、一端にもドラマに出演するのだ。
しかも、これは事務所の大きな企画の足がかり、とのことで、彼女へはちょい役とはいえ、わりとしっかりとした演技の指導が行われることとなった。
学校に、モデルとしての撮影、ドラマへ向けての演技指導ーーただただ忙しく時間が流れてゆくばかりで、明根のことに構っている場合ではない、というのがその時の、花音の正直な状況だった。
――結果として、花音のドラマ出演自体は、みっちり仕込まれた演技指導のおかげで、大成功に終わるのだった。