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あまりに暇なので整理箱を開けたら懐かしい大学ノートやその切れ端が出てきて
あまりにも暇なので20代くらいの自分の言葉を読んでいたら恥ずかしいやら
お、これはいいぞ、と思うような作品が出てきたので
詩や短編小説のジャンルはおいといてささやかにこっそり発表する
そしてあまりにも暇なのでデータ化しておいた(アホな自分)

(けれどわたしは「詩人や小説家になりたかった」とは決して言うまい)

「無題」

わたしのなかでコトリ、と音がした。
今までの生活が 幻のように消え去り 静かになった。
バスに乗ろう。あの町へ行こう。
そして私は家の前で立ち止まる。
長いこと帰らなかったはずなのに、今朝でてきた時の
足跡が見えたような気がした。
家の前を通り過ぎ 雪野原に目をやる。
地平線の上を 小さな電車が 肩を落として走っていく。
写真をとろう。
壊れた街灯。
溶けかかった太陽。
雪から頭をのぞかせた 一本の すすきの穂
はるか昔 私が故郷と一緒に捨てた哀しい
忘れ物。
そんな写真をとろう。
心のなかで決して 着古した演歌のようなフレーズを
思い起こすまい。
そのなかに すでに答えがかくされているような
そんな疑問は抱くまい。
分かりきっていることだ。
そして ひとしきり写真をとったら
わが家へ帰ろう。
ドアを開ければ そこには
いまはもういない家族たちが
幻の食卓を囲んで
笑っていることだろう。
冷え切った夕餉が湯気を立てていることだろう。
私は幻の子どもに帰って
昨日のように ドアを開けよう。
怒ってなんかないよ。誰も。
みんなお前を優しく迎えてくれるさ。
泣いたっていいんだ ぼくは子どもなんだから。
あったかい母さんのすがりついたって
いたずら子犬のひげをひっぱったって
みんなきっと許してくれるよ。
だから ほら 早く
ドアを開けなよ。
ドアの向こうの 燃えさかる海へ。
みんな ただいま。
ただいま。
ただいま。

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