[…]北欧神話のオーディンは聖なるユグドラシルの樹の根元にあるミーミルの水を飲んで智慧を得るが片目を失う。また、ルーン文字の秘密を知るために樹で首を吊り九日九晩晒して自らを捧げ最高神となる。大切な何かを捧げる代わりに聖なる力を得る。ここでは「失う」は「得る」ことであり、「欠ける」は「完成させる」というパラドックスが成り立つ。聖書では「めしい(盲目)」「足なえ」などの障碍は神の御業としてすでに聖列され、キリストの奇跡の証しとなる。こうした「障碍=聖列(聖化)」はラーゲルクヴィストやラーゲルレーヴの作品にも見受けられる。詩中では「盲目の詩人」は奇跡をもたらし、「僕たちはその神聖さに言葉を失」うとあり、即ち「聖化された詩人」を意味する。そして同様に、アニアーラ(フィンランド語で「無」を意味する)号は不慮の事故により軌道をはずれ修正不能となることで「聖化」され、永遠の宇宙という「聖地」へ旅立ったのである。
『アニアーラ』ハリー・マーティンソン 児玉千晶訳 「訳者あとがき」