社会の多数派は負け組であり、負け組の欲求不満と社会不安がポピュリズムを呼び、民主主義を苦境にさらすことになる。富裕層への課税強化と、貧困層への社会保障の充実こそ大事なのである。
資本主義と自由主義の結果として、競争が存在すること自体は避けられない。席に限りがあり、上を望む限り、避けることはできないのだ。社会が豊かで余裕があれば、試験で競われる分野以外でも、それぞれの条件で競争することになる。トップで成功できる人数なんて言うものには人数に限りがある程度あるのだから仕方あるまい。能力が低い専門家なんていらないし、市場規模が限られているのにその特定の分野の専門家ばかり増えても収益が悪化するだけで不毛だ。
努力しても競争に勝てない状況になると何が起きるか? 競争相手を排除し、蹴落とすといった行為が発生してくるのは当然の結果である。いじめは、競争相手の排除と、ストレスの転嫁という二つの面があるのである。当然ストレスで自滅する例も出てくる。
競争自体がなくならないので、競争によって副次的に発生するものもなくならないのである。
誰もが等しく平等に豊かな社会なんて政治活動家は理想をプロパガンダにするが、その先に待っているのは、少数の特権階級以外、誰もが等しく虐げられた貧しい格差社会である。ままならないものだ。