• 二次創作

「ゆめのつばさ」についてのあれこれ

私、よく自分の作品についてのあとがきというか解説は、いっつもTwitterでやっちゃうんですけど、今回は色々とメモというかそんな感じで書き残しておきたいことがいっぱいあって、そういう時に便利な場としてこの近況ノートがあることを思い出したので、ここに書かせていただきたいと思います。

この前、私のけもフレ二次創作小説久しぶりの新作として「ゆめのつばさ」を投稿させていただきました。なんと「かいけつワオンさんじょう!」から1年近く、新作を出してなかったようです。時が経つのは早い。
今回の「ゆめのつばさ」は、私の作品の中では初めて明確に「アニメ一期最終回後の、かばんちゃんの旅の続き」に時系列を設定した作品になりました。アニメ二期の放送中にそんな作品を出すとは、界隈の一部の過激な人たちが喜んでしまいそうなもんですが、決してアニメ二期を「けものフレンズ」として否定する意図はないということを予めお断り申し上げておきます。ただ、同時に、「アニメ二期が明確に一期との繋がりを持った続編である」という事が本編の描写から打ち出された今、一期の放送終了後に新作の製作が決定した時に思い浮かべた頭の中にあった様々な自分の「見たい」「描きたい」という思いの数々を、今のうちに出しておかないと、消化不良になってしまうと思い、勢いのまま形にするに至りました。実際、先日6話を地上波のリアルタイムで観た後で、色々複雑な思いなんですが「ああ、やっておいてよかったな」と思っております。
そんな経緯があるものですから、今回の「ゆめのつばさ」は、「私が見たい描写や掛け合い」をとにかく色々突っ込んだ物になってて、作品というよりもプロットと言うかコンテと言うか、まだ未完成という感じで公開されておりますが、今後気が向いた時にちょいちょい加筆修正を加えていくつもりでおりますので、その時はまた読んでいただけたらなと思います。
では、「ゆめのつばさ」に私が突っ込んだ「見たい」「描きたい」について色々触れていきたいと思います。

【かばん、サーバル、アライグマ、フェネック4人での旅】
もはや説明不要でしょう。アニメ一期の終了から続編の報があった時、多くの人が思い浮かべたパーティー編成でしょうから。
とにかくかばんちゃんのことが大好きで、彼女についていきたいサーバル。かばんちゃんを尊敬するアライグマと、それに付き合うフェネック。この四人が一緒になる事は、ほぼ間違い無いと思っていましたので、今回のお話でもそれを反映させました。
一応、「4人で旅を始めてから、それなりに時間は経ってて、途中にあったある程度の困難もみんなで乗り越えてるくらいのレベル」って感じをイメージしています。


【サーバルとアライグマ】
この二人に共通しているのは、二人ともかばんちゃんのことが大好き、大ファンだという事。ずっとかばんちゃんと旅をしてきたサーバルと、その後を追ってきたアライグマ。どちらもかばんちゃんのことはよく知っているけど、ちょっと見方が違う。だから、ちょいちょいかばんちゃんを巡って衝突を起こしたり、その延長でよく喧嘩をする。でも、旅の仲間としてお互いの良いところもちゃんと知ってて、喧嘩するほど仲がいい関係になってたら面白いなぁ、と思い、冒頭ではいきなりこの二人に喧嘩してもらいました。で、大好きなかばんちゃんに仲裁されると、途端に冷静になっちゃうという訳です。

【フェネックの掘り下げ】
フェネックは一番扱いに苦労したかもしれません。だって彼女、アニメ一期においてはアライさんにくっ付いてて、彼女を要所要所で制御してるらしい役回りってこと以外どういう存在なのかまるでわからないんですもの。どういう経緯でアライさんと出会ったのか、どうして彼女と一緒にいるのかも謎ですし。そしていつもクールで、何を考えてるのかわからない。
かばんちゃんの旅にも、「アライさんがついて行くと言って聞かないから、彼女のお目付役や世話係として付いてきた」ようなイメージがあり、実際は「そこまでかばんちゃんの旅の目的には興味がない」んじゃないか?というイメージがあったので、普段はとことんマイペースなんだろうな、と言うのを基本にして、そここら掘り下げて行く感じで描いてみました。そして旅を続けてるうちに、みんなと一緒にいる楽しさとか、仲間との絆とかそう言うものの大切さに目覚めていって、クールな印象に反して結構情に熱いところが出てきたりするのかな、とも思い、道に迷っていた自分たちを助けてくれたニホンオオカミのために色々と行動したり、自分の本当の気持ちに素直にならないオオウミガラスに指摘をしたりするような感じになりました。でも、一人じゃ心細いから、「自分が言いたいこと言うために、『アライさんがオオウミガラスにかばんちゃんに関する誤解を解きに行く』と言ったのを上手く利用して、自分もついて行く」とか、頭は回るけどちょっと不器用なところも覗かせる感じにもしてみました。
あと、かばんちゃんがいない時は、代わりにサーバルとアライさんの面倒を見たり纏めたりと、かばんちゃん一行の副隊長のような役割もしているという感じにもなっています。

【サーバルとかばんちゃん】
かばんちゃんは自分がヒトであり、どんなことが得意な動物であるかということを、アニメ一期の作中で知りました。でも、それ以外の、ヒトについてもディープな部分は彼女は全然知りません。故に、かばんちゃんは旅の最中で、いつか、自分がこれまで知らなかった、ヒトの成し遂げてきた事や、ヒトの過ちを知る事になり、後者について悩み、そして自分のこれからの運命の選択に迷ったりするようになると思うのです。
そんな時に彼女が包み隠さず相談できる相手は、やはり長い間一緒に旅をしてきたサーバルでしょう。サーバルは最初に、「迷子」として自分の縄張りに現れた、自分が何者かもわからない、パークの歩き方も知らないかばんちゃんを導いてあげました。かばんちゃんが次第に自分の能力に気付き、次々とそれを開花させ、パッと見、サーバルがかばんちゃんについて行くような状態になっていても、かばんちゃんが自分のことで何か悩んだり迷った時には、真っ先に手を差し伸べて、背中を押したり、導いてくれたりするのはいつもサーバルなのだろうな、と思い、ヒトの負の部分を知り落ち込み悩むかばんちゃんに声をかけるシーンを描くに至りました。
そして、かばんちゃんの為にと背中を押してあげたり気丈に振る舞っている反面、心のどこかでは、いつか旅が終わった時、「かばんちゃんとの別れ」がもしかしたら訪れるかもしれない事を、サーバルは予感してもいる。だから、かばんちゃんの悩みを聞いた後、やや強引に一緒のベッドで寝るという描写を入れました。

【フレンズである事は果たして幸せなのか?】
最も触れたかったテーマの一つがこれです。
急に汚い言葉を使う事を許していただきたいのですが、私はサンドスターという物質を「フレンズを生み出す不思議な物質」であると同時に「生物強制ヒトメス化物質」という風にも思っておりまして。
当たった瞬間、その生物や、生物だったものの元の性別も意思も関係なく、ヒトの女の子の姿にしてしまうのです。動物からしてみりゃ理不尽極まりないのではないでしょうか。
今のところ公式の作中において、フレンズ達がヒトの体を得た事で不便を感じているような描写は、私が知る限りでは見受けられませんが、例えば、元がヒトが原因で絶滅した動物であるというフレンズが、なんらかのきっかけで、自分や、自分達のかつての仲間達の末路を知ってしまったら?
きっと、フレンズ化したことによって再び命を得ても、かつて自分の命を奪ったヒトと同じ姿をしている事が耐えられないという事が起こりそうな気がしてなりません。
そんな子が、もし、憎むべき「ヒト」であるかばんちゃんに出会ってしまったら?
そう言ったところから、このお話の構想は始まったのでした。
オオウミガラスがその「フレンズである事を受け入れられないフレンズ」としてお話の中に登場する事に関しては、オオウミガラスについて調べていただければすぐわかると思うので、ここでは省きます。
フレンズである事が嫌。でも、再び命を得る事が出来たということ、そして、フレンズでなければ叶えられない夢があるということ。
オオウミガラスは、かつて喧嘩別れしたマンモスが自分がその後も捨てきれずにいた夢の為に一生懸命になっていたことに心を打たれ、結局生きる事と自らの夢に対する想いの方が勝り、一応のけじめをつけるのですが、これからも、自分というフレンズの存在について、しばしば悩む事になるでしょう。
同じくヒトが原因で絶滅した経緯を持つニホンオオカミは、ネクソンアプリ版における彼女の性格をイメージして、人懐っこく、好奇心旺盛な性格であり、オオウミガラスとは対照的に、フレンズとして生きる事を楽しんでいる子として描いています。そして、オオウミガラスが姿を消した後にマンモスの前に現れた彼女は、マンモスの下で暮らし、ヒトと言う動物と、ヒトが作り出したものについて興味を持ち、彼女の助手となります。マンモスが何かを自分に隠している事については感づいてはいますが、何か訳があると悟って何も聞かず、彼女の意思を尊重します。そして、かばんちゃんをオオウミガラスの下に連れて行った時、初めて、自分が憧れていたヒトと言う動物の負の側面を知ることになり、ショックを受けます。が、マンモスがこれまで自分に隠していた事の全容や、これまで自分の世話をしながらたくさんの事を教えてくれた事や、マンモスが自分を気遣って敢えて隠し事をしていた事を知ります。そんなマンモスと、彼女の友達だったオオウミガラスの夢の為に自分も力になりたいと思い、立ち直ります。
ニホンオオカミは、きっとこれからも度々悩むであろうオオウミガラスの心の支えとなり得るフレンズかもしれません。

【博物館】
キョウシュウエリアに図書館が存在したように、かつてパークがまだ運営されていた時代、ヒトは、来園者にパークの存在意義を理解してもらうだけでなく、フレンズ達にも、ヒトと、ヒトの世界を理解してもらうための教育もしていたのではないかと私は考えました。
その過程で、ヒトが生み出した物の数々や、それに伴いヒトが犯した過ちの数々も包み隠さず正しく伝える場所として、このお話に登場する博物館のような場所があったりするのではないかな、と。
絶滅種の剥製なんかも置いてある描写がありますが、これはオオウミガラスの剥製がいかにヒトによる身勝手な経緯で作られてきたかということについて調べていただくと、何故オオウミガラスの剥製がパークの博物館に置かれているか、というのがなんとなくわかると思います。そして、館内の映写室に置かれていたフィルムにも、その全容が入っていたのでしょう。オオウミガラスはそれを見てしまったばかりに、自らがフレンズである事を拒み始めた、という訳です。
そんな博物館ですから、「『剥』ぎ取った『物』を置いておく『館』」なんて、読み替えることもできちゃいますねえ、なんて仕込みを密かにしてるわけで、私の性格の悪さが出てると思います(

【PPPの噂と影響】
このお話では、PPPはまだキョウシュウエリアにいる事になっています。が、渡り鳥のフレンズ達が彼女達の噂を運び、彼女達のまだ知らぬところで、たくさんのフレンズ達に夢や勇気を与えている存在という感じにしました。オオウミガラスが一度失意のどん底に落ちた後も自らの夢を捨てなかったのは、実は渡り鳥達がPPPの噂を彼女のもとに運んできていたから、という感じに捉えられるようになってたらいいなあと。


とまあざっとこんなところでしょうか。他にも何か思い付いたら、本編と一緒にここに書かれることも増えるかもしれません。

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