以前、海外を旅したとき、
“Japanese Restaurant”の看板を見つけて、
現地で“日本食”として販売しているカレーライスを食べました。
また、盛れば盛るほどに価値があると考えられているかのような、
薄紅色の生姜で覆われた“おいなりさん”も食べました。
どちらも、異国の空の下で食べる“日本の味”として、おいしかった。
……おいしいのだけれど、でも、なにかが違う。
おいなりさんであって、おいなりさんにあらず——
そんな感覚が、口の中にふわりと残りました。
帰国してからも、あの“何かが違う”という違和感だけは、ずっと記憶の奥にひっかかっていました。
違う国で生きるって、慣れ親しんだ食文化じゃないところで生きるって、大変なんだな……
その意識だけが、心の底に残りました。
けれどある日、その理由がすとんと腑に落ちたのです。
2013年(平成25年)——
「和食:日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録された年。
NHKスペシャル『和食 千年の味のミステリー』を見ました。
お醤油やお味噌、みりん、お酒を育てる“アスペルギルス・オリゼ”。
日本にだけしかいない麹菌。
千年前に日本人がその力を見出し、今も受け継いでくださっている「もやし屋」さんたち。
金色に輝くお出汁の映像が画面に映し出された瞬間、
「これだ」と感じました。
あの海外で食べたおいなりさんには、この“小さな生命”が入っていなかったのだと。
だから、香りや旨みの奥にある“日本のぬくもり”が感じられなかったのかもしれません。
人の手では再現できない「発酵」という奇跡が、そこにはなかったのでしょう。
今夜の夕食は、かしわそばとおにぎりのセット。
切り干し大根の煮物、れんこんのきんぴら、
そして昨日から漬けておいた、かぶのお漬け物にたくあん。
どれもこれも、見えないオリゼの手のひらから生まれた味です。
湯気の向こうで、あの金色の粒子がふわりと舞っている気がします。
思えば「もやしもん」で発酵菌の世界をかわいらしく見せてもらって、
見えない世界を楽しませてもらいました。
菌たちは漫画の中で楽しげに会話をしていたけれど、
現実でも、きっと私たちのまわりで、今日の食卓の準備をしてくれているのだと思います。
今夜の夕食の支度をしながら、
ふと、発酵というものは「時間の芸術」なのだと思いました。
人も、心も、急には変わらないかもしれないけれど、
静かに待つことでしか育たない“うま味”がある。
そんなことを感じながら、
湯気の中で漂う愛らしいオリゼたちに思いを馳せました。
いつも。お味噌汁の香りを吸い込むたびに、
「今日もありがとう」と小さくつぶやく。
見えない菌たちに守られている。
そして、まだ解明されていない“ダークマター”のようなやさしさに、
包まれて生きている幸せを噛み締めます。
わたしはお出汁が本当に大好きで、
夏はお出汁を冷やして水筒に入れて持ち歩いたりもしています。
おいしいし、塩分も取れてなかなか重宝します。
だんだん寒くなってきた今夜は、オリゼは入っていないけれど、
茹でた蕎麦の香ばしさがほんのり残る、
温かい蕎麦湯をすすりながら、この文章を綴っています。
あぁ、いい日曜日でした。
