暗幕が上がり、ぼやけた世界が白々とざらついている。
カタカタカタカタ
視界の下限で、四角いカーソルが左から右へと移動している。カーソルから吐き捨てられた英数文字が次々と並べられていき、起動ルーチンを指令するコードを表示していく。カーソルを追うように並んでいく旧式のコードは、視界の右端で改行して左端へと移動したカーソルに押し上げられたように行ごと上がり、その下の空間に同じようにしてコードを並べていく。これを繰り返し、やがてコードが視界を埋め尽くすと、今度は下から上へと流れるように指令を積み上げていき、その速度は徐々に上がっていった。
淀川大は鼻孔から排気した。顔面を覆った白煙の中に青い光源が二つ。そのそれぞれの中に赤い光が瞳孔の輪郭を明らかにしていく。雲を切り裂くように白煙を押し分けた唇は、ゆっくりと上下に開き、中から拡散された眩い光に載せて言葉を放出した。
「への突っ張りは要らんですよ」
淀川大は上身を起こした。ここは自室のベッドの上だ。
午後五時半。ほぼ意識喪失状態で4時間寝ていたことになる。
「はっ! くっ!」
淀川大は自身の腰回りと、その下のシーツの上に掌を這わせ探索した。
そして安堵の息を吐く。
「よし、大丈夫だ。漏れてない」
正午前。健康診断から帰宅した淀川大は、昼食の卵かけご飯を貪るように胃に流し込むと、追加の水分を取り、歯を磨き、モンジョモンジョ体操をしてから、トイレへと駆け込んだ。
健診の直後に飲んだ、病院からもらった「バリウム排出用の、よく効く弱めの下剤」が効いてきたようだった。たしか、効き目は8時間後くらいなので、それまでゆっくりと多めに水分をとるように、そう看護師さんは言っていたのだが、これは早すぎるぞ。便座の上で貧乏ゆすりをしながら、淀川大はそう思った。
一通りバリウムどもを駆逐した後、手を洗い、モンジョモンジョ体操2を終えてから、淀川大は床に着いた。
限界だった。
わずか2時間の睡眠で健康診断に臨むものではない。胃の透過撮影で逆さま状態でも寝落ちしそうになった。
夏掛け布団を被るとすぐに、淀川大は意識を喪失した。臍に充電ケーブルを繋いだまま。
午後6時前。差し込む薄い日光に目を細めながら、臍の穴からケーブルを抜き取った淀川大は、モンジョモンジョ体操3を終えてから言った。
「充電完了。これより戦線に復帰する」
淀川大はトイレへと駆けた。
「うおおおお!」
まだ残党がいるらしい。バリウムとの戦いは簡単には終わらないようだ。
頑張れ、淀川大!
負けるな、淀川大!
戦え、淀川大!
《つづく》