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KAC20232

 男に生まれたからにはぬいぐるみに憑依して暴れ散らかしたい。

 若い時分にそう思って以来、小銭を稼いではハイチに渡って研鑽を積み、路銀が尽きたらまた少し働くというような人生を送ってきて、そのせいで世俗に疎かったというのはこれ認める。しかしこんな仕打ちがあろうか。俺は天を仰いで涙を流したかったが、なにしろぬいぐるみなので、なんも液体が出てこない。余計に悲しみが身体に滞る。絶望に打ちひしがれた。

 というのは、俺が「秘術」を学んでいる間に、なんかシンギュラリティとかいうのが起こってたらしく、AIを搭載したぬいぐるみがバカ売れした挙句なんやかんやで自我が芽生え人類に叛旗を翻していたらしいのである。ようするに、俺が今更ぬいぐるみに憑依して暴れ散らかしたところで、そんなん、没個性の、二番煎じの、なんなら下位互換の、ありがちでありふれたなんてことない事態に過ぎないのであった。更に人間の大半は死に絶え、生き残ったわずかな人類も地下生活とかしてて全然出てこないので、だぁれも俺を怖がってはくれないのである。

 そんなのって……! あるかよ……!!

 渦巻いた悲しみは次第に怒りに変わっていった。許せねえなと思った。幸いというか、不幸にもというか、AIどもには「魂」を検出する装置がないらしい。つまり、やつらは俺を認識できない。正確に言えば、俺が「人間」であったことには気づかない。俺が闇に潜み、暗がりからやつらの首を掻き切り、「核」を抜き取っても、声一つ挙げずにただ機能停止するばかりである。

 仕方がない。人類がいなくなるというのは、俺に怯え、俺を恐れる存在がいなくなるということだ。それは余りに度し難い。夜を闊歩し、闇に恐怖を与えていいのは俺一人だけなのだ。

 


 今日、15個目の「工場」を破壊した。やつらもアップデートをしていて、ぬいぐるみを警戒する姿勢は生まれているようだが、どうしても「魂」だけは認識できないらしい。結果、やつら同士で壊し合いをしているようだ。重点的に工場を壊したあたりでは、ちらほらと人影も見えるようになってきた。そして、俺の姿を見ると、哀れなほどに怯え散らかして、無様に逃げ惑う。そう。俺はこの顔が見たかったのだ。

 いつかもっとあの顔を見るために、俺は今日も戦う。人類の未来を取り戻すために。恐怖と言えば、それは俺のことだけを指す日を夢見て。
 

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