生姜島公継(しょうがじま きみつぐ)は深いため息をついた。生姜島は作家志望の中年男性だ。30歳の頃からweb小説サイトに小説の投稿を繰り返し、今年でもう6年目になる。「俺はいつか小説家になるから」が口癖で、36歳になった今も定職につかず、web小説サイトに入り浸っている。
そんな生姜島の目下の悩みは、作品を書いても誰にも読まれないことだった。このweb小説サイトの黎明期から小説を書き続けている。他の作者のフォローをしたり、レビューを書いたり、Twitterで創作アカウントをフォローしたり、創作論のnoteとかを読み漁ったり、滝に打たれてみたり、とにかく涙ぐましい努力を繰り返してきたのだが、一向に読者が増えないのである。
小説を更新する。しばらくそわそわする気持ちを抑えて、フォロワーの小説に応援をつけ、時には星をつけ、Twitterでもこまめに営業をする。にもかかわらず、燦然と輝くPV0の文字。どうなっとるんじゃい。そう呟きながら、生姜島はため息をつく。それが日課だった。
そんなある日のことである。「アットホームな職場」が売りのバイト先で、生姜島は「ノルマ達成」のために、自腹を切らさせられそうになっている。
「ショーさんさあ、わかるっショ。もうこのバイトも長いんだからサ。俺たちさあ、『仲間』じゃン。『仲間』同志助けあうってのが、『社会』ってもんじゃあないスか?」
軽薄に言う、年下の店長に生姜島は反論する。
「そうは言いますけど。いやいくらなんでも一人で20は無理ですよ。食べきれませんもん」
そうして、少しでも「ノルマ」の数を減らそうとする生姜島に、店長は尋ねる。
「あれ、ショーさん、嫁さんはいなかったんスっけ?」
「……いないよ。今は、その」
「まーいい歳してバイトじゃ無理っスよね! ギャハハ!! じゃしょーうがねえなあ、マジ『仲間』っスからね! 15で! これでお願いしますよホントに」
15だって十分に多い。2日か3日はタダ働きになる。嫌だ。そうは思うが、生来の気の弱さと、もしこれでバイトがクビになったら……と考えると、生姜島にはそれを受け入れるという選択肢しかなかった。
ただ。生姜島の脳裏に、こんなことが過った。
小説も誰にも読まれない。バイト先では年下の上司に良いように使われている。こんなのって、あんまりだ。
だから、生姜島は勇気を振り絞って、こう言った。
「……わかりましたよ。15は買い取ります。ただ、私たちは『仲間』なんですよね? 助け合い、なんですよね?」
「ンだよどーしたの、ショーさん。怖い顔して」
「ひとつだけ、お願いがあるんです」
生姜島は店長にこう頼んだのだ。『仲間たち』に生姜島の投稿しているweb小説をクリックして、とにかく星を3つつけてくれ、と。
ごく短期間であれば、星200も手に入ればランキングトップも夢ではない。そして、67人が星3をつけてくれれば、星200は容易に到達する。この67人に金銭的な負担をかけるのであれば難しいかもしれないが、やることは簡単で、webサイトに登録して、小説をクリックし、星を3つクリックするだけだ。生姜島は丁寧な作業マニュアルを作って、それを配布した。店長も、「なんかわかんないけど、タダならいっスよ」と言って、二つ返事で引き受けてくれた。
『仲間たち』の力は絶大だった。もともと生姜島のバイト先は顧客との距離も近く、またこの客たちはweb小説になどまったく興味を持たない層だったので、一気に200人近い人々が生姜島の小説に星をつけていった。
とうぜん不正は疑われ、5ちゃんねるのスレでは生姜島の小説に星をつけるだけでほかに活動していないアカウントが多数存在することが指摘されたが、それらのアカウントは当然のことながら全く異なるipアドレスからアクセスされている。そのため、webサイト側からはお咎めなしということになった。
そして、星の数が増え、ランキングの上位に食い込めば、流石に『読者』も現れる。ただ、『読者』が増えれば批判も増える。しかし、生姜島の小説につく辛辣なコメントを、生姜島は一顧だにしなかった。削除。削除。削除。もはや、生姜島の目には、『読者』は映っていなかった。
結局、星の数だけが膨張していく生姜島の作品を無視できず、そのwebサイトは生姜島の小説の書籍化を決定した。そして、売り出された小説は、いくつかの偶然(ジャスティン・ビーバーがたまたま読んだりした)が重なって、猛烈に売れた。
のちに、生姜島はインタビューにこう答えた。
「ええ、私は『読者』のことは考えていないんです。それよりも、私は、『仲間たち』のことだけを考えて、小説を書いているんですよ」