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美味しんぼ30巻「鮭対決!」の海原雄山の超戦略について

 最近は「サーモン」の寿司・刺身ってめちゃくちゃ普通になったので隔世の感があるが、昔は鮭を生で食うなど言語道断、やるならルイベというのが常識だった。というのは寄生虫がしばしばいるからだそうである。

 で、この「鮭対決!」の前には、団社長が栗田さんにアプローチかける話があって、それで山岡さんはちょっとおこになってしまい、二人は特段話し合わずに山岡さんの独断専行で料理が決まる。

 その料理とは何かと言うと、生鮭の料理なんですな。

 で、海原雄山がキレるわけです。「これほど勝負を重ねてきて、まだ食の本義を外すのか!」って結構名言だと思うんですが、まあとにかく怒る。一応山岡さんも、寄生虫のことはもちろん知っていて、大学教授を連れてきて、ちゃんと細かいチェックをしているんですけど、海原先生に言わせれば、「100 %間違いが起こらないということを言えるものは科学者ではない」であって、「そういう冒険は、ちゃんと同意の上で、冒険したいやつがするならいいけど、だまし討ちみたいに食わせるのはダメぽよ」ということになる。ごもっとも。まったくもって、おっしゃるとおり。

 海原雄山は堂々、ちゃんと火を通して、そんでうまい飯を作って出して、だから通常の勝負でも勝てるし、更に東西新聞は今回こういうミスをしているわけで、圧倒的敗北を喫し、まあでもそれでちょっと山岡・栗田は仲直りできてよかったね、とこういう話である。

 いい話じゃんか。どこがおかしい?

 これ、海原先生、審査員が生鮭食った後にキレだすんですよ……。
 それはダメでしょ。そのタイミングはおかしいでしょ。

 もっと言うと、皆さん多分ご存知ないと思うんですけど、究極のメニューと至高のメニューって、本来日曜版にまず記事が載るんですよ。こういう飯があるよって。で、それを週刊タイムが拾って対決する、とこういう流れなので、本来キレるべきタイミングって、「日曜版が刊行された朝」であるべきなんですよ。「これを見た読者がマネをしたらどうする!!」ってキレるべき。それだったらもう間違いなく勝ち。東西新聞の発行停止まで見込める最高のタイミング。まあこれは単純に雁屋先生が設定をお忘れになってるんだろうけど、本編の方はさあ。出た瞬間に怒るべきでしょ。生鮭が出てきた瞬間に、「おのれ士郎、お前がそこまで愚かだとは思わなかったわ!」ってなるべき。

 なぜそうしないのか?

 これはちょっと怖い考えなんですが、もしそうした場合、山岡さんが説明をしちゃったり、料理を変えちゃったりする可能性があるからなのかな、と思ったんですよ。「確かに雄山の言うとおり、この鮭は寄生虫がいる可能性がある。でもうまいし、ちゃんと調査をした。冒険心のある審査員だけが食ってくれよナ!」って言ったら、食べちゃうかもしれない。それ納得したうえで食べた場合は、まああとは味の勝負になって、これは負けの可能性が出てくるわけでしょう。

 あるいは、「そういう料理はダメだよ」ってなった場合、多分不戦敗にはならなくて、陶人先生あたりが「生でなくいい料理が作れるか、士郎」みたいな助け舟を出してしまって、再試合になってしまう可能性がある。

 だから、「食ってから」言うしかないんですね。で、「食ってから」言う、ということは、逆説的に、「士郎はきちんと対策しているはず」と確信しているということになるわけですよ。いや、審査員が全員寄生虫にやられる可能性を知った上でも、自分の勝ちの可能性を上げるというサイコパスだったら話は別ですけど、まあ流石にそこまでひどいやつではないでしょう。そう考えると、ちょっと勝ちに汚いところはあるが、これはスゴイ戦略的なタイミングでの告発で、まあそれはとりもなおさず山岡を好敵手として認めているということでもある。普通にやって勝てると思ったらこんな手段は使わないわけですからね。

 スゴイ戦略だなあと思ったという話です。

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