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すごいいまさらどうでもいいところにかみつく

 一応俺の中でわずかながらに棲み分けというのがあって、それはなんですかというと、「純粋脂肪批判」に関しては「読者」というものをある程度は意識して書いていて、この近況ノートはほぼ全く意識していない。少なくとも不特定多数の人には向けてなくて、まあなんていうんですかねえ。適当にいろいろ書いて、誰かにちょっとウケたらいいなくらいのことを思っている。それはエッセイも大して変わんないんだけど、じゃあ何が違うかと言うと一応エッセイはテーマというのが先にあって、それに関連したことを書く、とか言いながら突然クイズの話を延々としたりするけれども、基本的にはある程度テーマ性らしきものがあって、それもちょこちょこ変わるけど(デブの言い訳→ダイエットの話)、まあそのなんていうんですか、「デブ」ってのは変わらないじゃあないですか。
 でも近況ノートに関してはフリースペース、自由帳、くらいのつもりで書いてるから、不適切な記載を除けばなんでも書いていいと思っている。「創作活動や読書日記などを伝えられる」のくだりについては一旦忘れるものとして。大体なんでも「ということを創作の糧にしようと思いました」とつければOKだということにしたし。なんかちょっと前に。

 とか思いながら、ぼんやり注意書きを眺めてたんですけども、
″多くの読者に向けて

近況ノートは他のカクヨム利用者に向けて、創作活動や読書日記などを伝えられる場所です。皆さんが気持ち良く利用できるように、分かりやすく思いやりのある表現を心がけて書いていただけますよう、お願いいたします。″

 この文には不思議な表現があることに気づいた。

 まあ「思いやりのある表現」は分からんでもない。思いやりのない表現を繰り出しまくるのはあまり良くないですからね。

 「分かりやすく」は余計なお世話ってか、それができたら苦労はしないっていうか、ねえ?

 「分かりやすく」話すというのはすごく難しいことである。こないだショックだったの、若い人に山崎まさよしの「セロリ」の話したら通じなくていやSMAPも歌ってて、ってあたふたしたんだけど、それはそれとして、つまりセロリの世界観ですよ。歌詞の引用はダメなんだけど、まあ意味するところを書くと、生育環境の違いがその人間の思考や志向、嗜好を規定するので、頑張っていきましょうみたいな歌である(ちょっと違う)。

 古のワトソン(ワトソンってホームズの相棒でも、二重らせんのでもなくて)の言葉をひくまでもなく、環境ってのは人間をそこそこ変えるし、遺伝ももちろんそうである。

 でその異なる遺伝・環境パラメータを持ってる人間同士が、たとえ母語が同じだとしても完全に分かり合えると考える方がどうかしていて、しかも不特定多数とコミュニケートをするような場において、言うにことかいて「わかりやすい表現」を強要するとはなんたらことか。

 だって例えばですよ、今どんな気持ち? って尋ねられて、俺が「Cookie」みたいな気持ち、って言うとする。

 そうすると皆さんは、すっと、「ああ、この世の中に対して少々倦み疲れた気持ちがあって、そいで沢山人がいるなかで、むしろそのことによって孤独な気持ちがより浮き彫りになっている。世の中っていうのは矛盾と嘘と適当な言説ばっかりで、しんどいなあ、って思うけど、それを直接的に批判するんじゃあなくて、そういうのを受け止めてくれる何かを求めている、それが現実に存在するものであれ、そうでないものであれ、みたいな気持ちなんですね」ってことを瞬時に理解されると思うんですが、これ「Cookie」って歌知らないと全く無理じゃあないですか。で、「Cookie」という歌を知らない人にこの気持ち、この感覚を適切に、それこそ「わかりやすく」伝えるためには結構な語数が必要、な上に、どうでもいいところに食ってかかられて(たとえば、「いや別に僕は好き嫌いなく食べろなんて言われませんでしたけど?」「私は別に好き嫌いないんですけど?」とか。そういうことじゃあねーんだよそのたとえは)、費やした語数が無駄だなあと感じる羽目になったりするじゃあないですか。
 
 いや別にそれが虚しいとか苦しいとか辛いとかそういうことを言いたいのではなくて、そのうえで我々は言葉を交わしたりそれでも分かってくれろと思って説明をしたり、そうやって頑張って生きていくことを決意済みであるはずなので、だからそこは良いんだけど、つまり「分かりやすい表現」というのはそういう不可能性を内包していると思うんですね。

 「分かりやすく」伝えることってのが不可能だから、工夫を凝らすわけじゃあないですか。俺が思っていることを正しく伝えることというのは本質的に不可能だから、でもその不可能性をなんとか超えていこう、俺の気持ちに漸近しようとしていっぱい書いたり、時には物語にするわけであって、そんなことを近況ノートに要求されたって困るよ、って思ったんですよね。

 別に思っただけで要望だそうとかは思ってないです。でも、真に「分かりやすく」書こうと思ったら、この分量はおかしいと思うんだよね。それでも俺はいっぱい書きたいなあという時はいっぱい書きたいし、だから「分かりにくい」こともたくさん書くと思うんですけど、それに関しては気に入らなければ通報していただくとして、そこに関しては「創作日記や読書日記」ということに関してしているように言い訳すらせず、わりと無視してやっていこうかなと思ったという話です。

2件のコメント

  • 返信に鳥の話が出てたんで、どうしても言い残さずにはいられなくて……。

    インコ……インコ。花鳥園にはハシビロコウとかフクロウもいますよね。オオオニバスぅうううとか。しかも触れ合える。楽園。また来るといいですよ。飛行機乗り遅れない程度に。友達の鳥ファンも「あそこはあかん…時間が溶ける」って言ってました。私は別のところでキバタン放し飼いの空間を堪能したことがあります。

    私子供の頃鳥苦手だったんですけど、友達ん家でオカメインコに出会ってから愛くるしさにやられました。オカメインコってなんであんな愛でられるために生まれてきたみたいな風貌してるんでしょうか。一人暮らしに飽きたら飼うといいかも。とにかく可愛い。かわいいです。語彙力が死にます。

    あと記事は ラーメン>ガールズとのトーク っていう対比がわかりやすくてつぼりました。言われてみれば うまい飯>イケメン だわ。と思って。
    ひとり素面でいると一緒にいる人たちが羽目を外しやすい気がします。介抱させられる運命。無情。おつかされまー。
  • オカメは昔飼ってました。オカメインコって撫でるところがお前ゲームから出てきたのって感じで赤マルとハゲで表示されててすごいなと思うんですが、撫でてると時を忘れますよね。うちのオカメは撫でてると涎を垂らしてて、そんな!? って思いました。

    一人暮らしに飽きる飽きないは別として鳥はずっと飼いたいんですが、まあ世話はできると思うんです。タバコもやめましょう。それはいんですが、寒いんですよ北海道は。温水循環暖房とかで、24時間あったかくできて、かつ、防熱がしっかりしてる住居でないと怖いんですよね。マンション買うしかないんですけど、さすがにそれは、ねえ。
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