二年前、同じタイトルでここに文章を書きました。あの日は、生まれてはじめて担任を持った学年の子たちの卒業式でした。
あのとき、僕は式を終えて「悔しさ」を感じたと書きました。「してあげたこと」よりも「してあげられなかったこと」ばかり思い出したからです。
初めて教師としての別れを経験した僕は、きっと自分がこの先どれだけ成長しても、卒業式のたびに同じ悔しさを感じるのだろうと思いました。それくらい、教師にやれることは無限にあって、実際にしてあげられることはほんの僅かなのです。
そして昨日、僕は教員人生初めて、3年間担任として携わった学年の生徒たちを送り出しました。
まず、涙が出なかったのが意外でした。前日の学活では予想通りの号泣で醜態を晒し、「頑張れ〜」と生徒に応援される始末。確実に呼名で涙腺が臨終すると思っていましたから。
僕も案外強くなったもんだなぁなんて思いつつ式が終わって、生徒たちが「最後にクラスみんなで集まろう」と言ってくれました。校庭に輪になって集まったものの、僕としては前日の学活で鼻水とともに思いの丈を出し切っていたので、大したことも言えず、下校時間も迫っていたので、短く挨拶して解散させようとしました。
そこから不意打ちの連続でした。一人の生徒が、皆を代表して僕に色紙と、皆で選んだネクタイ・タイピンを渡してくれました。頭が真っ白になって、淡白な反応になってしまいました。
その後、集合写真をとって解散したあとも、たくさんの生徒が手紙やプレゼントとともに、感謝の言葉を伝えに来てくれました。保護者の方もたくさん来てくださいました。時間の許す限り、色んな人と写真をとりました。
生徒たちを送り出し、職員室に帰って座った瞬間、初めて涙が出ました。手紙を一つ取り出して、読んでは泣いて、落ち着いてからまた一つ取り出して、読んでは泣いて。
二年越しの卒業式――僕は、悔しさなんて入り込む隙すらないくらい、幸せでいっぱいでした。
『ヘタな外科医は一度に一人を傷つけるが、ダメな教師は百人を傷つける』……有名な言葉です。教師ほど恐れ多い仕事はありません。子どもたちの、人生で最も多感で大切な三年間に携わり、強烈な影響を与える仕事です。たかが十、二十先に生きているだけの同じ人間が、です。
僕は、せめて子どもを「導こうとはすまい」と常々肝に銘じてきました。「機会を与える」ことと「見守る」こと、それから「越えてはいけないラインを引く」以外は、一緒にばか騒ぎするだけにしようと。
この考え方が正しいのか、全く自信はなかったです。
昨日子どもたちのくれた手紙は、言葉は、贈り物は、笑顔は、涙は、気持ちは――そんな僕を、丸ごと肯定してくれました。
素晴らしい姿に成長したこの子たちに、僕も少しだけいい影響を与えたらしいと、誇れるくらいには自信をもらいました。
こんなに恐れ多い仕事はない。そして、こんなに幸せな仕事もありません。かの名言に、『優秀な外科医は一度に一人を救うが、良い教師は百人を救う』と加えましょう。もっともっと精進して、いつかそんな教師になりたい。
そのために、これからも子どもをよく見ようと思います。子どもは「鏡」です。教師として、自分が外からどのように映っているのか知りたかったら、子どもの表情や言葉を確認するのが一番です。
これからも彼らが大好きだと言ってくれた、僕という教師であり続けようと思います。そのうえで、もっともっとレベルアップしていきます。
愛する生徒たちと、教師を志す人、そして自分自身に向けた独白でした。