まだ、この時間も焼けていたという。

 東京大空襲の地獄の夜が明けた三月十日の朝になっても、昼を過ぎても、夜になっても、炎の勢いは衰えず、東京の夜空を赤く照らしたという。

 敵対国の首都や経済中枢地区を焼き払い、徹底的に破壊し尽くす行為は、確かに敵対国に降伏を促すには効果的な方法だ。

 しかし日本人は倒れなかった。

 その背景には不屈の精神もあったかもしれない。


 しかしなかなか、自ら進んで降伏の意志をまとめて、国家としての敗戦を選択させるというほど、独裁的に、強権的に、国をまとめられる人物はいなかった。

 天皇の住まう首都東京を焼き払っても降伏しない日本の態度に呆れ、得体の知れない何かに気がついたアメリカはその後、気が違えたように日本全国の都市や、首都東京を何度も空襲し、その狂気の果てに、市街地に二発の原爆を投下するに至る。



 事ここ至って、昭和大帝は、開戦時より希求していた戦争継続の停止を決断し、時の政府の最重要幹部達をして停戦こと敗戦へと進ませるのである。

 何の政治的権能の許されていない天皇だけが「負けても生き延びる」道を選べたし選んだんだ。

 数千年に及ぶ日本の歴史的に、これほど重要な決断をせしめた天皇が他にあろうか。



 開戦の当時より東條英機を号泣せしめ、国民の飢えよりも戦闘継続を優先させ、搭乗員の死に際の判断までを高性能の爆弾誘導装置と利用した狂気の戦争はここに幕を閉じた。

 そしてこれにより、自ら訓示した「生きて虜囚の辱めを受けること無かれ」の思想を体現すべく自殺を試みるも、無様に失敗し、生き残ったが故に「国体の護持」=「日本人が日本人としての未来をつかむ」ための、最前線の一兵卒としての東條英樹の「大東亜戦争最後の戦い」が始まる。



 それは開戦時の日本国政治指導者を有罪とする事で、自らの民族大虐殺の罪を隠蔽する事を目的にしたウォートライアル。

 戦後急遽用意された事後法「平和に対する罪」で開戦時の日本国家首脳を吊し首にするための「極東軍事裁判」が開廷した。



 しかし、どんなに侵略者たちが日本を永遠の悪者にしようとも、連合軍が行った、

 度重なる絨毯爆撃による非戦闘員への無差別攻撃、

 証拠不十分な証言のみで日本軍士官、日本兵を銃殺刑に貶めた東亜各地での軍事裁判という、見せつけのための虐殺、

 シベリア抑留という何の法的根拠のない劣悪な衛生環境下での、強制労働および洗脳による虐待、

 日本軍の功績で解放された旧植民地「オランダ領インドシナ」への再侵略と、日本軍が育てたインドネシア軍および、インドネシア独立のために立ち上がった旧日本兵二千名の支援と、その半数に当たる旧日本兵千名の戦死者、

 そういった数々の非人道的行為への謝罪の義務は消えない。



 戦後、佐藤栄作首相は「今はアメリカと友好関係にあり、功績があるならば過去は過去として功に報いるのが当然、大国の民とはいつまでもとらわれず今後の関係、功績を考えて処置していくべきもの」との国会答弁を行った。

 そう、日本は世界に名だたる大国だからこそ、ピーピー、ギャーギャーと相手を非難する声を高めて、自国の経済的発展、安全保障上の平和を損なう生き方を大人として控えなければならない。



 でも、実際に罪なく亡くなった数十万の市民を哀悼する心があるなら、連合国、枢軸国の双方の生き証人が絶えて後、百年ほどの時を超えて、

 「あの時『連合国』の皆さんは、国際規約を破ってまで日本人を虐殺しましたよね」

 「我が国は一九五一年のサンフランシスコ平和条約で連合国から日本への一切の賠償を放棄しましたので、何らかの形での賠償は一切要りません」

 「ただ、過去の御国において日本人市民を大量虐殺した行為は、『非人道的行為であり、繰り返されてはならない』ということを認めていただき、各国の歴史教育のホンの半ページでも良いので、子供達に語り継いで欲しい」

 というぐらいの気概があっていいと思う。



 戦後七〇年頃の当時に、九〇代だった戦争未亡人が詠んだ歌がある。



 かくまでも 醜き国に なりたれば 捧げし人の ただに惜しまる



 この歌は、「斯くまでも」の部分を解釈することによって、自在に意味を変える。

 だからこそ、この歌が意味するところを勝手に補って「○○だから、九〇歳のおばあさんが悲しむような国になったんだ」と自分の思想信条をロマンチックに飾るために使ってはならない。

 だから僕には、この詠み人たる戦争未亡人の真意を推し量ることはできない。



 ただ、僕は信じるだけだ、二一五〇年頃の日本人が、二百年前の大戦での出来事を客観的に評価した上で、当時の連合国による日本人への民族虐待を認めさせ、繰り返さないことを誓わせるだけの、気概の籠もった日本人として成長していく姿を。

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