江戸時代は、漢字の宛てかたがアバウトなことは、よく知られている。
たとえば沖田総司は、本人が「総二」と書いていたり「惣司」などという漢字が宛てられている例も見かける。
しかし、このアバウト加減は、時代小説を書いている者としては、ちょっと困りもので「どっちなんだよ!」と、ツッコミを入れたくなるというものだ。
さて、新作の土方歳三の物語であるが、作品のなかで「関東取締出役」通称「八州廻り」、馬場俊蔵という人物が準主役で登場するのだが、この「出役」どう考えても「しゅつやく」と読めるし、現在流通している小説などでは、たいがい「しゅつやく」とルビがふられている。
ところが、戦前の読み物や、当時を知る人物のインタビューを集めた「旧事諮問録」(現在も岩波文庫で入手可能)を見ると「でやく」というルビがふられているのだ。最初に更新したときは、僕も「しゅつやく」とルビをふっていたが、やはり当時の人物にしたがって「でやく」に修正した。現在の我々がどうこう思うよりも、当時の読み方を優先するのは、当然のことだからである。
なお馬場俊蔵は、実在の人物で「佐藤彦五郎日記」にも頻繁に名前が登場し、作中で書いた彦五郎とは昵懇というのも事実であろうと思われる。というのも、彦五郎と、多摩川の向こうの隣村の名主・鈴木平九郎が、じつにしょっちゅう馬場に、なにかを命じられていて、このふたりは、馬場の信頼があつかったことが類推できるからだ。
なお、馬場の取締役就任は、史実では安政三年で、そこは史実と違うことを、お断りしておく。